【日記超短編】シラサギたち

 西町に住んでいる叔母が最近シラサギになったらしい。税金をたびたび滞納してきた叔母は病院で強制的に検査を受けさせられ、出た結果は「大脳辺縁系の一部である納税核の機能不全」。彼女は行政から二つの解決策のいずれかを選ぶように迫られた。一つは納税意識を高めるチップを脳に埋め込む手術。もう一つは納税義務のないシラサギへの改造。前者はこれまで滞納した税金に延滞金、手術にかかる費用すべてが今後の納税額に上乗せされる。後者は手術が無料のうえ滞納してきた税金までチャラになる。叔母は迷わず後者を選んだ。
 心配だからちょっと様子を見てきてよ、と夜遅く電話をかけてきた母が言う。わたしは渋って「自分で行けばいいじゃない」と答えたが、なんだかんだと言い訳して母はその役目を押しつけてくる。結局わたしが翌日西町へ行くことになった。叔母の住んでいたアパートに来てみると、すでに玄関の表札が空白になっており、チャイムを鳴らしても誰も出ない。途方に暮れて近所を歩き回っていたら崖下に葦の繁った貯水池を見つける。そこには数羽のシラサギの姿があった。わたしは口元に手を当て崖から身を乗り出し「おーい!」と叫んだ。どのシラサギも反応を示さないので、もう一度「おばちゃん、お願いだからこっち向いてよ!」と声をかけてみたけれど、いずれの鳥も水中の餌を探すのに夢中で一顧だにしない。
 あの中のどれが叔母だとしても、最早すっかり心までシラサギなのだ。彼女とそれ以外のシラサギを見分ける方法はないのだと思う。わたしはしんみりした気分になり、貯水池の写真を何枚か撮って母に送った。すると一分と置かず電話をかけてきた母が言う。「わたしにはすぐわかったよ」興奮して、少し涙声になって断言する。「右から二番目の子の首がちょっと短いでしょ? あれがみさ子だよ、間違いない」
 そういえば叔母の名前はみさ子というのだ。いつも「西町のおばちゃん」と呼んでいたからすっかり忘れていた。母もわたしの前で叔母を名前で呼ぶようなこと、今までに何度あっただろうか。
「むごいものだねえ、本当に、むごいねえ」そうくり返す母をなだめて電話を切ると、わたしは改めて崖下を覗き込む。いつのまにか水辺のシラサギの数が十数羽に増えていた。先ほど母親に叔母だと断言された個体がすでに見分けられない。わたしは大きく息を吸い込むと、熱心に餌を探すそれら十数羽の白い鳥たちに向かって「みさ子おばちゃん!」と叫んだ。
 するとすべてのシラサギが、いっせいにこちらを振り返った。

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