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162 異なるテラフォール流

 ウェルジアとシュレイドの二人が中央で向かい合い視線を交わす。

 ピリピリと睨みつけるウェルジアとは対照的にシュレイドはとても落ち着き払っている。
 とはいえ決して余裕があるという訳でもなさそうで、ただ何かをずっと確認するかのように口元でぽそぽそと呟いている。

 改めて眼前に立つとその研ぎ澄まされた存在感にウェルジアは身震いする。
 ただそれも自らの内側から溢れ出る言い知れない高揚感がもたらすものであることを本人は既に悟っていた。

「あ、その、よろしく。俺はシュレイド」

 目の前の男が自分を見つめて声をかけてきた。ここまで一体どう生きてきた人間の目なのか。ウェルジアには分かる。

 並大抵の人生を送って来てはいない。自分とは異なる方向で明らかに常軌を逸している。
 
 英雄の孫と考えれば、普通はさぞ楽な人生を生きてこれそうなものだが、目の前の男からはそのような甘い気配は全く微塵も感じない。
 
「ウェルジアだ」

 目を細めて相手を吟味しつつ短く言葉を交わして少しの距離を取る。
 
 ウェルジアは剣を腰に差している二本うちのひと振りを抜き放ち構えた。
 
 使い慣れた剣ではなく、この遠征に向かう直前に渡された剣。刀鍛冶を行える生徒、セシリーに預けていた国剣級の折れた剣。
 彼女がウェルジアから預かったフォールサルベシオンを調査し、その国級剣と呼ばれるに至っているその品質を目指すように、彼女が全力で打ってくれた新しい剣だ。

 まさか初めてこの剣で戦う相手が英雄の孫になるとは不思議な心持ちだった。だが、それも悪くないと考える。
 
 相手はと言うと剣を抜く仕草もなく、鞘に入ったままの剣をスッと構えた。

(どういうつもりだ?)

 意図は分からない。だが相手はどうも剣を抜くつもりがないようだ。ただその構えはテラフォール流の対剣の章の正対時における基本の構え。一目で分かる隙の無さに頬を汗がつたう。

(ならば、この戦いの中で引き抜かせてやる)

「ルールは変わらず一つ、僕かエナリアさんが止めた場合にすぐに戦闘行動を中止すること。それでは遠征交流模擬戦、第三戦目、開始!!」

 ヒボンの開始の合図と同時に二人とも距離を詰めてお互いに戦いの意思表示をするように最初の一撃、剣戟を打ち交わす。
 ガキィンと大きな音が鳴り、二人の剣が競り合うようにギチギチと甲高い金属音が周囲に風のように響き拡がった。
 
(こいつ!? 押しきれん)

 ウェルジアが決して手を抜いてなどいない最初の一撃を見舞うが相手が受け止めて押し合った直後、その重さに思わず後ずさった。体格では上回るはずの自分が力で押し負けている。今のたった一撃でウェルジアの認識は一瞬で書き換えられる。
 
 開始直後に相手が自分よりも遥かに格上かもしれない事を初撃に分からされ、ウェルジアの脳天から背筋へ向かって言い知れない何かが流れていく。
 これまでに感じた事のない手ごたえに微かに手が震えている。これは恐怖? いや、これは歓喜だ。
 
 思い返せば本物の剣、英雄グラノが使っていたとされるフォールサルベシオンを拾って手にしたあの日から常に全力で振り続けてきた。その剣を誰かに対して全力でもってぶつけた事などはほとんどなかった。
 学園に入ってからもまだ全力を出したことがウェルジアはなかったのだ。

 目の前の男が英雄の孫、扱う剣術はおそらく本家本元のテラフォール流。対して自分は本だけで学んできたテラフォール流だ。
 
 その因果、自分が個で今まで高めてきた半分自己流のようなテラフォール流が正統に学んできただろう相手にどこまで通用するのか、という挑戦。その高揚感がウェルジアの中に芽生え始めていた。

 全力を出しても受け止められる相手であると一撃で確信が持てたのは学園に入ってから先生達を除いて初めてであり、彼の精神状態は自分でも形容できない程に徐々に昂ってきている。

 自分が強いと言い切れるほどに今の自分の強さにはウェルジアは自信があった。
 勿論、プーラートンやその頂にいる者達にはまだ及ばないだろうが少なくとも実際に西部学園内で生徒相手には未だに負けたことは一度もない。

 だからこそ、そんなウェルジアは初めて思い知る。相手の方が自分よりも明らかに強い、と。まだ始まったばかりで結果が出ていないにも関わらずそう思う事は屈辱ではあった。
 
 しかし、それでもそうして生まれた思考に何の疑いもなく、素直にそう思えたのはそれほどまでにシュレイドの剣があまりにも真っすぐなものだったからだ。

 自分も同じくそうしてきたように愚直にひたすら繰り返してきたその研鑽の歴史を物語る剣閃だと感覚が告げる。 
 その積み重ねられた層の厚さを感じとり思わずウェルジアは口元を吊り上げる。

「ウェルジア君、もしかして笑ってる?」

 リリア自身も初めて見る表情だった。決して彼をバカにしているわけではないのだが、いつも無表情で、いや、しかめっ面はよくしているのだが、ほとんどその表情が変化するところを見ることはない。
 そんなウェルジアの普段と異なる変化を目の当たりにしてリリアは思わず熱の入った声を掛けた。

「ウェルジア君!! 負けるなーーー!!!」

 聞こえているのかいないのか、大きく次の瞬間に目を見開いて全力で押し返すと今度はシュレイドが驚いたような表情をした。

「はぁあああああああああ」

 押し返し、シュレイドの鞘を弾くと追撃を絡めてウェルジアはシュレイドへと剣戟を繰り出し続ける。その動きには一切の無駄がなく見ている者達もその美しさに見惚れ始めていた。

「きれい」

 誰かのそんな声が漏れ聞こえる。

 ウェルジアの剣閃にもブレがない。だがそれを捌くシュレイドの剣も恐ろしく無駄がなく、まるで一手一手を事前に示し合わせた演舞のようにさえも見えて周りはざわつき始める。

「押し切れん、強いなシュレイド」

 ウェルジアが即座に名前を覚えるほどの印象が目の前の男にはある。

「お前も、テラフォール流、なのか」

 攻撃の切れ目に息も切らさずシュレイドにそう問われた。

「ああ、俺には本しか、なかったがな」

 自分には剣を教えてくれる人が居なかったということをその一言で暗に汲み取ったシュレイドが驚愕の表情を浮かべる。

「マジか。お前本だけでここまで?」

「そうなる」

「……すげぇな、お前」

 シュレイドの中でも最初の一撃でウェルジアに対して思う所があったのだろう。それは彼もやはり忌憚のない感想だった。
 グラノから直接手取り足取りで学んだ自分とは違う道を進んで積み上げられた同じ流派の全く異なる背景を持つ剣。
 
 この戦いが始まるまで何か死んだような眼をしていた彼の目に生気が満ちていくのがウェルジアにも分かった。

 彼は何かを探していたのだろう。
 自分がそれに足る存在かどうかは分からない。ただ、ここからが寧ろ本番である事をウェルジアは理解する。

「お前は、まだやれるのか?」

 突然シュレイドが問いを投げかけてくる。

「誰に物を言ってる、俺は、お前より強い」

「そうか」

 そのやりとりの直後にシュレイドの圧が跳ね上がるのを感じ肌でそれを受け止めるとその緊張感にひり付いて堪らない。
 一瞬たりとも気が抜けないと思わされるのもまた初めての事だった。

「なら、少し、胸を借りるぞ!!」

 自分の方が強い事に既に気が付いているだろうシュレイドが胸を借りるとウェルジアにハッキリ言い放った。
 事情は分からない。明らかに立場が逆なのではないかと思うも今はそれすらもどうでもいい事だ。

 ただ今の自分が目の前の相手に通用するのかどうか。

 それだけ。

 その一点のみがこの場においてのウェルジアの望みとなりつつあった。

「はぁあああああああああああああああ」

「つぁあああああああああああああああ」

 鞘に入れたままの剣を乱れ打つシュレイドの剣戟を今度はウェルジアが迎撃する流れとなっていく。

(鞘ごと振ってるくせになんて切り返しの速さだ、チッ)

 ウェルジアは必死になってうち流すがその速度は徐々に上がっていく。

(まだ上がるのか、クソ)

 一息で連撃が出来る時間、手数というのは大体は決まっている。短時間で動き続けるためには呼吸を止めなくてはならない。
 だが、シュレイドはそのひと息の長さが尋常ではない長さで、守っているはずのウェルジアの方が先に息が切れそうになる。

「プハッ」

 溜まらず口から空気を吸い入れた瞬間にも容赦なくシュレイドの攻撃が襲い掛かる。

「グッ」

「俺より、強いんじゃないのか?」

 挑発のつもりなどシュレイドからすればまるでないのだろう。
 しかし、ウェルジアはそんな相手に即答できなくなっている自分への悔しさが募っていく。

 この相手を負かしたい。どうすればその頂に至れるのかを知りたい。
 今の全力でどこまで迫れる?
 今の段階でどれほどの差がある?
 
 そんな思いが胸に去来する。かつてリオルグ事変でプーラートンの戦いを見た時の純粋な想いが再び膨れ上がっていく。

「まだまだだッ!!」

 激しく昂るウェルジアはこれまでに見慣れない姿でリリアはひやひやしながらその様子を見守っていたが、劣勢の様相を呈している姿に堪らず声を上げ続ける。

「ウェルジア君、いっけー、負けるな―ぁああ」

 場外の反対側ではリリアに負けじと最初の顔合わせの時に大声を上げていた人物の声と同じ声が聞こえてきた。自分と同じピンク色の髪をした東部の女生徒も負けじと大声を張り上げて応援している。

「シュレイド君!! そのまま終わらせちゃえーーー」

「むっ」

 リリアはその声に反応して睨みつけるとあちらもこっちを睨みつけていた。対面にいた女生徒の迫力に大きく顔を逸らしかけるが、こちらも負けるわけにはいかないとぐぬぬと耐える。とはいえ彼女はそこまで好戦的な性格でも度胸がある訳でもない。

「私に出来ること……何か、なにか、あ、そうだ」

 リリアは大きく息を吸い込んだ。
 脳裏をよぎった記憶。
 母との旅の記憶の一つ。

「頑張ってる誰かを応援する時の歌!!」

『この歌はね、遠い昔に騎士様が大切な何かを賭けて決闘する時に、勝利の願いを込めて届けられた歌といわれているの』

 母の言葉を思い出して反芻する。

「ルミナ ヴェテラ、プグナ インキピト、コーモス エト カメオス、フォルテス ヒーロイキ~♪
グラディウス スプレンデンス、コル アウダクス、イン アレナ、ノス スタムス~♪」
 
 大きく息を吸い込んだリリアの澄んだ歌声が目の前の広場に響き渡っていく。

「なんだ?」

 ウェルジアの身体が急にふわりと軽くなり、剣の重さが消えた。それだけでなくシュレイドの攻撃が先ほどよりもハッキリと目で捉えられるようになっていた。ただ慣れたというだけでは明らかにない。
 
 何が起きているのかまでは分からないが、先ほどまでよりも力が漲ってきて、ウェルジアは剣を強く握り込んだ。

「これなら」

 シュレイドの激しい猛攻の隙間を縫って反撃を加えるウェルジア。

「!?」

 その攻撃を咄嗟にシュレイドは交わして二人は距離を取る。

「ほんとに強いな、お前」

 シュレイドにそう評されウェルジアは胸の内が熱くなる。自分よりも緻密に愚直に積み上げられた剣に感動すら覚えていたそんな相手の言葉。

「強い相手に、そう言われるのは光栄だ」

 ウェルジアは心で認めつつある強き者、シュレイドとの戦いで己の力を解放しつつあった。

 そしていつのまにか目の前のシュレイドもこの交流戦が始まる前の曇り空のように鬱屈していたその表情が晴れてきていたのだった。


つづく


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