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さくらのき <短編>

村の小さな小学校に、春がやってきました。
「こんにちは。はじめまして」
校庭の脇に佇む桜が、小さな子供たちに話しかけました。
「こんにちは。おじさんはだあれ?」
「おじさんは何十年もこの学校に居る桜の木さ。君たちのような子供たちをこれまでずっと見守ってきたんだよ」
そよ風とともに、もう青い葉をつけた桜の枝先が小さく揺れます。
「そうなんだ。じゃあ今は、ぼくたちを見守ってるんだね」
「見ているだけで、何もできないがね」
揺れる桜の枝先と同じように、子供たちは、けらけらと笑いました。
「さくらだものね」


しばらくして、とある晴れた夏が来ました。
夏の日差しを受けた桜は青々とした葉っぱを茂らせています。
「こんにちは。今日も元気だね」
桜の木が子供たちに話しかけました。
「うん、こんにちは。今日はとっても暑いね」
暑さに負けず、子供たちは元気に身体を動かしながら、桜に答えました。
「私の影で休むといい。少しは涼しいだろう」
「ありがとう、桜のおじさん」
木陰の子供たちは、桜に笑いかけました。


とある晴れた秋が来ました。
「こんにちは」
桜の葉っぱは、もう紅く色付いています。
「こんにちは!」
子供たちは、初めて桜と出会った春からずいぶん経って、身体も大きく、立派になっていました。
「随分と大きくなったね」
「もう、とんと長い月日が経ったもの。大きくもなるさ」
「それもそうだ。そうか、もうそんなに経つのか」
その時、強い風が吹いて桜の葉はざわざわと音を立てました。
かつて子供たちだったみんなは、お互いの成長を賑やかに喜び合います。
喜ぶみんなを包む、桜の葉と葉がこすれあう乾いた音は、まるで泣いているようにも聞こえました。
「桜のおじさんは哀しいのかい?」
「そんなことはない、いつものことだから。おじさんは見ているだけさ」

ごうん。ごうん。
桜のすぐそばの田んぼで、大きな塊が音を立てています。
「それじゃあ、また春に」
桜の木はそう呟くと、それきり黙りこくってしまいました。
稲穂が刈り取られて静かになった田んぼに、秋風に吹かれた紅い桜の葉が一枚、ひらひらと落ちていきました。

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