国家と宗教の関係について無知な菅野完さんのあるある
著述家であることが信じられないほど雑な言葉の使い方の菅野完さん
国家と宗教の関係について菅野完さんは無知であると常々思っていましたが、やはりそうであると思わせるポストが発信されました。
なお、画像は「靖国神社」で検索してヒットした画像をお借りしています。
まずは、国家と宗教のかかわりについて、著述家であることが信じられないほど雑な言葉の使い方をしているために、出鱈目な発言となっている部分を指摘しましょう。それは3です。国や地方公共団体は追悼をしているのであって慰霊は行っていません。なぜならば、慰霊は亡くなった方の霊が存在するということが前提であって、慰霊するということが宗教性を帯びるため、国も地方公共団体も慰霊ではなく追悼を行っているのです。更に申し上げれば、日本武道館で行われる全国戦没者追悼式では参列する遺族の方に国が旅費の支給を行っていますから、間違っても「慰霊」するわけにはいかないわけです。
さらに雑な言葉の使い方で菅野完さんの主張が迷走します。
靖国神社をはじめとする宗教団体は「追悼」ではなく「慰霊」を行っています。宗教的な行事や式典を行うことが存在理由の一つである宗教団体がその施設内でなぜ「慰霊」ではなく宗教色を消した「追悼」を行わなければならないのでしょうか。このあたりも著述家らしからぬ雑な言葉の使い方が目立ちます。なお、念のために申し上げれば、地方公共団体の戦没者追悼式が行われる同じ会場で戦没者に対する法要などの慰霊が併せて行われることがあります。例えば、第1部戦没者慰霊式典、第2部戦没者追悼式というような感じです。もちろん第1部の慰霊式典には地方公共団体の主催ではなく地方公共団体とは別の宗教団体などが主催しますし、地方公共団体の長は第1部には出席しません。
米国の国家と宗教の関わりについて無知な菅野完さん
菅野完さんは、テキサス州立大学オースティン校ではなくテキサス・セントラル・カレッジに留学していたご経験があるにもかかわらず、米国の国家と宗教の関わりについても詳しくご存じないようです。
米国の大統領は就任式という非常に重要な式典において宗教と深く関わっています。
おおよその国は政教分離を掲げていますが、その政教分離の程度についてはそれぞれの国によって異なるという事実をご存じないことが菅野完さんがおかしなこをおっしゃる理由であると思います。その中で日本の宗教についてよくわからない外国人が国家と宗教の関わりを厳格に制限する日本国憲法を制定して現在に至っているのが日本の実情です。少し調べればわかる政教分離に関する日本や諸外国の実情を調べずに靖国神社を批判する菅野完さんについては、靖国神社や靖国神社に参拝する者が嫌いであるからそのような発言を繰り返しているとしか私には考えられません。
さらに残る日本の政教分離の問題点
日本の政教分離には更に大きな問題が横たわります。それは宗教系の学校に対する補助金です。特定の宗教に深く関わりのある私立学校に対して国や地方公共団体が公金から補助金を支給するということは、菅野完さんが主張する特定の宗教団体に参拝するならば優遇であるという事例をはるかに超えた優遇策であると言えます。ミッション系の大学で礼拝場があるように、それらの学校では建学の精神の基となった宗教との関わりの深い施設が設けられ、そこでは定期的に児童、生徒、学生らを集めて宗教的な式典が行われる事例が非常に多いわけですが、一方で厳格な政教分離を行いながら、他方でこのような補助金制度を並立させている日本の国家と宗教の関わり方は非常に歪であると言えます。この矛盾を解決するために教育に対する投資としてなされている宗教系の私立学校への補助金を存続させる一方で、政教分離の程度を緩めるべきであると私は思います。