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植村隆「捏造」名誉毀損裁判札幌高等裁判所判決全文

主文

1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人Xの負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人Yは,運営するウェブサイト「Yオフィシャルサイト」(http:▲▲▲▲▲▲)上に掲載している原判決別紙名誉毀損部分一覧表記載の各記述を削除せよ。
3 被控訴人ワック社は,その発行する「雑誌WiLL」に原判決別紙謝罪記事目録記載1の謝罪広告を,原判決別紙掲載要領目録記載1の要領により1回掲載せよ。
4 被控訴人新潮社は,その発行する「週刊新潮」に原判決別紙謝罪記事目録記載2の謝罪広告を,原判決別紙掲載要領目録記載2の要領により1回掲載せよ。
5 被控訴人ダイヤモンド社は,その発行する「週刊ダイヤモンド」に原判決別 紙謝罪記事目録記載3の謝罪広告を,原判決別紙掲載要領目録記載3の要領により1回掲載せよ。
6 被控訴人Yは,原判決別紙謝罪記事目録記載4の謝罪広告を,原判決別紙掲載要領目録記載4の要領により,第2項記載のウェブサイト上に掲載せよ。
7 被控訴人Y及び被控訴人ワック社は,控訴人Xに対し,連帯して550万円 及びこれに対する平成27年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 被控訴人Y及び被控訴人新潮社は,控訴人Xに対し,連帯して550万円及びこれに対する平成27年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9 被控訴人Y及び被控訴人ダイヤモンド社は,控訴人Xに対し,連帯して550万円及びこれに対する平成27年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

(以下,略語等は原判決の例による。また,原判決を引用する場合,「原告」を「控訴人X」と,「被告」を「被控訴人」と,「別紙」を「原判決別紙」とそれぞれ読み替える。)

1 控訴人Xは,朝日新聞社の記者として「従軍慰安婦」に関する記事を執筆して朝日新聞に掲載した。 被控訴人Yは,被控訴人ワック社が発行する雑「WiLL」,被控訴人新潮社が発行する雑誌「週刊新潮」,被控訴人ダイヤモンド社が発行する雑誌「週刊ダイヤモンド」に,上記記事についての論文をそれぞれ掲載するとともに, 自らが開設するウェブサイトに上記各論文を転載して掲載している。
 本件は,控訴人Xが,被控訴人Yの執筆に係る上記の各論文について,原判 決別紙主張対照表1~6の各記述欄に記載された記述が控訴人Xの社会的評価を低下させ,控訴人Xの名誉感情や人格的利益を侵害するものであると主張し て,次の(1)~(5)の各請求をする事案である。
(1)ア 被控訴人Yに対し,民法723条の類推適用又は人格権による妨害排除 請求権に基づいて,上記ウェブサイト上に転載された上記各論文(原判決 別紙名誉毀損部分一覧表記載の各記述)の削除を求める。
イ 被控訴人Yに対し,民法723条に基づいて,上記ウェブサイト上への謝罪広告の掲載(原判決別紙謝罪記事目録記載4の謝罪広告を,原判決別 紙掲載要領目録記載4の要領による)を求める。
(2) 被控訴人ワック社,被控訴人新潮社及び被控訴人ダイヤモンド社に対し, 民法723条に基づいて,上記各論文を掲載した各雑誌に謝罪広告の掲載(そ れぞれ原判決別紙謝罪記事目録記載1~3の謝罪広告を,原判決別紙掲載要 領目録記載1~3の要領により1回)を求める。
(3) 被控訴人Y及び被控訴人ワック社に対し,不法行為(民法709条,719条1項)による損害賠償請求権に基づいて,慰謝料及び弁護士費用の合計 550万円並びにこれに対する不法行為後の日である平成27年2月26日 から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求 める。
(4) 被控訴人Y及び被控訴人新潮社に対し,不法行為(民法709条,719条1項)による損害賠償請求権に基づいて,慰謝料及び弁護士費用の合計5 50万円並びにこれに対する不法行為後の日である平成27年2月26日か ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
(5) 被控訴人Y及び被控訴人ダイヤモンド社に対し,不法行為(民法709条, 719条1項)による損害賠償請求権に基づいて,慰謝料及び弁護士費用の 合計550万円並びにこれに対する不法行為後の日である平成27年2月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払 を求める。


2 原審は,控訴人Xの請求をいずれも棄却した。


3 控訴人Xは,原判決を不服として本件各控訴を提起した。なお,控訴人Xは, 原審において,前記1(3)~(5)の各損害賠償請求について,遅延損害金の起算 日を訴状送達日の翌日(被控訴人Y及び被控訴人ワック社については平成27年2月25日,被控訴人新潮社及び被控訴人ダイヤモンド社については同月2 6日)としていたが,当審において,これをいずれも平成27年2月26日と して請求している。

4 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記5のとおり,当審における控訴人Xの主張を付加するほか,原判決「事実及び 理由」欄の「第2 事案の概要」1及び2のとおりであるから,これを引用する。 

(原判決の補正)

(1) 原判決3頁25行目「通信販売」を「通信の販売」に改める。
(2) 同4頁22行目「掲載している」の後に「(甲13~甲17)」を加える。 (3) 同6頁18行目「あるとし指摘」を「あると指摘」に改める。

5 当審における控訴人Xの主張


(1) 原判決別紙主張対照表の記述が事実の摘示に当たるとの主張


ア 原判決別紙主張対照表1(2)の記述は,控訴人Xが義母の訴訟を支援する 目的で本件記事Aを捏造したとの事実を摘示するものであり,「言われても弁明できない」の部分は婉曲的な表現を付したにすぎない。したがって, 上記記述は,意見ないし論評ではなく,事実の摘示である。


イ 原判決別紙主張対照表2の記述は,控訴人Xが意図的に虚偽の報道を行った事実を摘示するものであり,「意図的な虚偽報道だと言われても仕方 がない」との記述は意見ないし論評ではない。


ウ 原判決別紙主張対照表3(2)の記述は,「控訴人Xは,意図的に虚偽の内容の本件記事Aを書いたが,現在までそのことを訂正も説明もしないまま,北星学園大学で教員に従事し続けていること」との事実を摘示するものである。


エ 原判決別紙主張対照表5の記述は,意見ないし論評ではなく,控訴人X が捏造記事を書いたとの事実を摘示するものである。


オ 原判決別紙主張対照表6の記述は,意見ないし論評ではなく,控訴人X 20 が慰安婦と女子挺身隊とが真実は無関係であることを知りながら,慰安婦と女子挺身隊とを結び付けて,両者は同じものであるという真実と異なる事実を敢えてでっちあげる報道を行ったという事実を摘示するものである。 


(2) 被控訴人Yが摘示された事実又は意見ないし論評の前提とされた事実が真実であると信じたことについて相当な理由がないとの主張


ア 被控訴人Yが,「控訴人Xが,C氏が継父によって人身売買され慰安婦 にさせられた経緯を知りながら,敢えてこれを報じなかった」と信じたことについて,相当の理由は認められない。 被控訴人Yが,C氏が慰安婦になった経緯について「検番の継父がC氏をだまして慰安婦にし,日本軍人から金銭を得ようとした人身売買である」と信じた根拠となる資料は,平成3年8月15日付けハンギョレ新聞(甲105),平成3年訴訟(日本国を被告とする同年提訴の「アジア太平洋 戦争韓国人犠牲者補償請求事件」の訴え)の訴状(甲93),D論文(乙 イ31)であるが,これらの資料は,いずれも被控訴人Yの上記記述を裏付ける客観的に信頼できる資料とはいえない。 C氏は,日本軍人による強制連行の被害を供述しており,人身売買によって慰安婦にされたとはいえない。また,平成3年当時,C氏が日本軍人により強制連行された旨の報道も多数なされていた。さらに,被控訴人Y 自身も平成4年当時,C氏が日本軍に強制連行されたと認識し,その旨の コラムも掲載したり,テレビ番組で発言したりしていた。このように,C 氏が慰安婦にされた経緯が人身売買ではなく強制連行であったことを示す事情があることからすれば,被控訴人Yは,上記記述をするに当たって, C氏本人に聴き取りをするなど,相当かつ十分な取材をするべきであったし,取材は可能かつ容易であったのに,取材をしていない。
 また,C氏が検番の継父にだまされたということを控訴人Xが知ってい たという事実は,控訴人Xの主観的事情であるから,控訴人X本人に取材すべきであるが,被控訴人Yは一切取材していない。 したがって,被控訴人Yが,上記記述を真実であると信じたことに相当の理由は認められない。


イ 被控訴人Yが,「控訴人Xが,敢えて慰安婦とは何の関係もない女子挺身隊とを結び付け,C氏が女子挺身隊の名で日本軍によって戦場に強制連行され,日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦であると報じた」と信じたことについて,相当の理由は認められない。 韓国では,慰安婦を意味する言葉として「女子挺身隊」又は「挺身隊」 という言葉が使用されており,C氏は,平成3年8月14日の記者会見に おいても慰安婦を意味する言葉として「挺身隊」という言葉を用いており, 北海道新聞記者であるEのインタビューにおいても,「挺身隊」という言葉を用いていた。 また,被控訴人Yは,平成9年頃には,日本軍が慰安婦を強制連行したとのFの証言が虚偽であると認識しており,C氏が慰安婦になった時点に おいて女子挺身勤労令の効力が生じていなかったことも知っていた上,「女子挺身隊」又は「挺身隊」が慰安婦を意味する言葉として用いられることも知っていた。
 被控訴人Yは,上記記述をするに当たって,C氏本人や,挺対協の関係 者等C氏の発言を聞いた人物,さらに,控訴人X本人に取材をする必要が あり,その取材も可能かつ容易であったにもかかわらず,一切取材をしていない。
 したがって,被控訴人Yが,上記記述を真実であると信じたことに相当の理由は認められない。
ウ 被控訴人Yが,「控訴人Xが事実と異なる本件記事Aを敢えて執筆した」 と信じたことについて,相当の理由は認められない。
 新聞記事の捏造は,記者の職業的信用を根本から失墜させるほど重大な 職業倫理違反行為であるが,義母が本件遺族会の常任理事であることや本件記事Aの数か月後にC氏を含む本件遺族会会員が平成3年訴訟を提起した事実は,重大な職業倫理違反である記事の捏造があったことの客観的に 信頼できる根拠であるとはいえない。
 また,本件記事Aの内容は,義母の活動や平成3年訴訟に有利に働く内容でもない。 さらに,平成3年当時,日本国内において,慰安婦を意味する言葉として「女子挺身隊」又は「挺身隊」の言葉が用いられており,特に控訴人Xだけが敢えて事実と異なる本件記事Aを執筆したとはいえない状況であった。
 被控訴人Yは,上記記述をするに当たり,控訴人X本人を始め,義母や本件遺族会の関係者等に取材をする必要があり,その取材も可能であったのに,一切取材をしていない。
 したがって,被控訴人Yが,上記記述を真実であると信じたことに相当 の理由は認められない。 被控訴人Yの表現が意見ないし論評の域を逸脱しているとの主張(3)ア 原判決別紙主張対照表1記述(1)について,「本件記事Aが日本を怨み,日本を憎んでいるかのような記事である」との表現が,意見ないし論評に該当するとしても,被控訴人Yは,ネット社会における自己の言論の特殊性を十分に理解し,ネット右翼らが情報の拡散により,現実社会における脅迫行為に至ることを予見した上で,本件各Y論文を執筆し,実際に控訴人X及びその家族に対する脅迫行為が起きている。「捏造」という言葉を用いて控訴人Xを非難することは,控訴人Xを攻撃することを目的としていることに他ならず,このような表現は,意見ないし論評の域を逸脱しており,違法かつ有責である。


イ 原判決別紙主張対照表1記述(2)について,「控訴人Xが本件記事Aを執筆した目的が義母の訴訟を支援する目的であったと言われても仕方がない」 との表現が,意見ないし論評に該当するとしても,前提となる事実の重要な部分(控訴人Xが本件記事Aを捏造したとの事実)に真実性・真実相当
25 性が認められず,また,「捏造」との表現は人身攻撃に当たるから,このような表現は,意見ないし論評の域を逸脱しており,違法かつ有責である。 ウ 原判決別紙主張対照表1記述(5)について,「控訴人Xが,人格,識見, 誠実さを以て全力で当たるべき教職の地位に立つ資格がない」との表現が,意見ないし論評に該当するとしても,前提となる事実の重要な部分(裁判 所認定摘示事実1)に真実性・真実相当性が認められず,また,この表現 は,控訴人Xが捏造記者であるとの印象を読者に強く印象付けるものであり,控訴人Xの人格を著しく傷つけ,控訴人Xの社会生活上の基盤を脅かすものでもあるから,このような表現は,意見ないし論評の域を逸脱しており,違法かつ有責である。


エ 原判決別紙主張対照表2の「控訴人Xが意図的に事実と異なる本件記事 Aを執筆したと言われても仕方がない」との表現,原判決別紙主張対照表 3記述(1)の「控訴人Xが北星学園大学の人格教育に貢献するような人物であるのか疑問である」との表現,原判決別紙主張対照表3記述(2)の「控訴 人Xを教員として教壇に立たせ学生に教えさせることが大学教育のあるべ き姿として疑問である」との表現,原判決別紙主張対照表3記述(3)の「控 訴人Xの姿勢と学問の自由や表現の自由は異質の問題である」との表現, 原判決別紙主張対照表5の「控訴人Xが,C氏が女子挺身隊として日本軍 に連行されて慰安婦とされたという事実と異なる記事を敢えて執筆したと 言われても仕方がない」との表現,原判決別紙主張対照表6の「捏造記事」 との表現についても,同様に,いずれも控訴人Xに対する人身攻撃であり, 意見ないし論評の域を逸脱している。


(4) 事実の公共性が認められないとの主張

 本件各Y論文のうち,控訴人Xの大学教員としての適格性に関する部分は,多数一般の利害に関係せず,多数一般が関心を寄せることが正当ともいえないから,同部分は,公共の利害に関する事実には当たらない。


(5) 目的の公益性が認められないとの主張

 被控訴人Yは,朝日新聞社及び控訴人Xに批判を集中させ,大学教員としての適格性を論じるなどして人身攻撃ともいうべき表現方法を用い,事実調 査もずさんであったことを考慮すれば,本件各Y論文は,専ら公益を図る目的によるものとはいえない。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所は,原審と同じく,控訴人Xの請求はいずれも棄却するのが相当であると判断する。
 その理由は,次のとおり補正し,後記2のとおり,当審における控訴人Xの主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決22頁20行目「主張整理表」を「主張対照表」に改める。
(2) 同35頁7行目「Dは,」の次に「C氏に取材の上,」を加え,10行目 「同記事の中では,」の次に「同記事の中では,「今年,韓国・太平洋戦争犠牲者遺族会や女性市民団体の熱心な勧めもあって,ようやく三人の韓国人元慰安婦たちが重い口を開いて語り始めた。」との前置きの下,」を加える。
(3) 同37頁3行目「同年」を「昭和52年」に改める。
(4) 同45頁26行目「I内閣」を「 内閣」に改める。
(5) 同49頁7行目「挺対協で」を「挺対協での」に改める。
(6) 同52頁4行目「被告Yは,」~15行目末尾までを削る。
(7) 同53頁24行目「原告本人は,」~54頁2,3行目「そして」を削る。 (8) 同63頁25行目~64頁1行目「「挺身隊慰安婦」(前記認定事実ウ(ア)),「挺身隊」(前記認定事実ウ(イ),(オ))と述べたこと」を「自らを「挺身隊 慰安婦」と表現し(前記認定事実ウ(ア)),又は自らが「挺身隊」であること を前提に話をしたこと(前記認定事実ウ(イ),(オ))」と改める。
(9) 同64頁2行目「真実であるとは認められない」の前に「「挺身隊」との 表現が出てこなかったという意味では」を加える。

2 当審における控訴人Xの主張に対する判断

(1) 原判決別紙主張対照表の記述が事実の摘示に当たるとの主張について

ア 控訴人Xは,原判決別紙主張対照表1(2)の記述について,「言われても 弁明できない」の部分は婉曲的な表現にすぎず,同記述は義母の訴訟を支援する目的で控訴人Xが本件記事Aを捏造したとの事実を摘示するものであると主張する。しかし,「義母の訴訟を支援する目的だったと言われても弁明できない」は,まず,その表現ぶりから見て,事実として断定しているとはいえず,論評であり,同記述の内容は証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項であると解することはできない。文脈に照らしても,被控訴人Yが同記述を含むY論文アにおいて控訴人Xと義母との関係について触れているのは,同記述部分及びGの主張の引用部分のみであり,Y論文アの全体からみても,同記述部分が,控訴人Xが義母の訴訟を支援する目的で本件記事Aを捏造したとの事実を摘示するものとは認められない。したがって,この点に関する控訴人Xの主張は認められない。


イ 控訴人Xは,原判決別紙主張対照表2の記述について,「意図的な虚偽報道だと言われても仕方がない」の部分は意見ないし論評ではなく,控訴人Xが意図的に虚偽の報道を行った事実を摘示するものであると主張する。 しかし,「意図的な虚偽報道だと言われても仕方がない」は,まず,その表現ぶりから見て,事実として断定しているとはいえず,論評であり,同記述の内容は証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項であると解することはできない。原判決別紙主張対照表2の記述の前後の文脈をみても,同記述は,1 控訴人Xが,慰安婦とは無関係の 韓国の女子挺身隊と慰安婦とを結び付けて日本が韓国人女性を女子挺身隊として強制連行したという事実と異なる本件記事Aを執筆したとの事実 (裁判所認定摘示事実2),2 控訴人Xが韓国語を操り,控訴人Xの妻が韓国人であるとの事実,3 控訴人Xの義母が慰安婦問題で日本政府を相手 どって訴訟を起こした本件遺族会の幹部であるとの事実を前提に,控訴人Xが意図的に事実と異なる本件記事Aを執筆したと言われても仕方がないとの意見ないし論評と解するほかない。また,「意図的な虚偽報道」との 見出しは,この意見ないし論評の要約というべきである。控訴人Xが指摘 する点を考慮しても,同記述について,間接的ないし婉曲に,あるいは, 黙示的に,控訴人Xが意図的に虚偽の報道を行った事実を摘示するものとはいえない。したがって,この点に関する控訴人Xの主張は認められない。


ウ 控訴人Xは,原判決別紙主張対照表3(2)の記述について,「控訴人Xは, 意図的に虚偽の内容の本件記事Aを書いたが,現在までそのことを訂正も 説明もしないまま,北星学園大学で教員に従事し続けていること」との事実を摘示するものであると主張する。しかし,同記述の前後の文脈は,原告が北星学園大学の非常勤講師であるという事実,控訴人Xが本件記事A に関する説明や訂正をしていないという事実等を前提に,原告を教員とし て教壇に立たせ学生に教えさせることが大学教育のあるべき姿として疑問であるとの被告Yの意見ないし論評を記載したものであり(原判決第3の 1(3)イ),控訴人Xが北星学園大学で教員に従事し続けている事実を摘示 20 しているとは解されないから,上記記述が控訴人Xの主張する事実を摘示 するものとはいえない。したがって,この点に関する控訴人Xの主張は認められない。


エ 控訴人Xは,原判決別紙主張対照表5の記述について,控訴人Xが捏造記事を書いたとの事実を摘示するものであると主張する。しかし,同記述 25 は,まず,その表現ぶりから見ると,原判決別紙主張対照表4(1)(Y論文 エ)における「捏造記事である」との表現と異なり,「捏造だと言われても仕方がない」との表現を用いており,事実として断定しているとはいえず,論評であり,「捏造だと言われても仕方がない」かどうかは,証拠によってその存否を決することが可能な事項とはいい難い。また,原判決別紙主張対照表5の記述の前後の文脈をみても,同記述が控訴人Xが捏造記事を書いたとの事実を摘示するものとはいえない。したがって,この点に 関する控訴人Xの主張は認められない。


オ 控訴人Xは,原判決別紙主張対照表6の記述について,控訴人Xが慰安 婦と女子挺身隊とが真実は無関係であることを知りながら,慰安婦と女子 挺身隊とを結び付けて,両者は同じものであるという真実と異なる事実を敢えてでっちあげる報道を行ったとの事実を摘示するものであると主張す る。しかし,別紙主張対照表6の記述における「捏造記事」との文言は, 同記述の前後の文脈からみて,Y論文オにおいて言及されている本件記事Aに関する意見論評部分を要約したものと解するのが相当であり(原判決 第3の1(6)),そうであれば,原判決別紙主張対照表5の記述について上記エで検討したとおりである。同記述が控訴人Xの主張する事実を摘示するものとはいえない。したがって,この点に関する控訴人Xの主張は認められない。

(2) 被控訴人Yが摘示された事実又は意見ないし論評の前提とされた事実が真 実であると信じたことについて相当の理由がないとの主張について

ア 控訴人Xは,被控訴人Yが,「控訴人Xが,C氏が継父によって人身売買され慰安婦にさせられた経緯を知りながら,敢えてこれを報じなかった」 と信じたこと,「控訴人Xが,敢えて慰安婦とは何の関係もない女子挺身隊とを結び付け,C氏が女子挺身隊の名で日本軍によって戦場に強制連行 され,日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦であると報じた」と信じたこと,「控訴人Xが事実と異なる本件記事Aを敢えて執筆 した」と信じたことについて,いずれも相当の理由は認められないと主張する。


イ 被控訴人Yは,本件各論文を執筆するに当たり,資料として,平成3年8月15日付けハンギョレ新聞,平成3年訴訟の訴状及びD論文を参照した(原判決第3の2(1)ケ(ウ))。そして,C氏が慰安婦になった経緯について,上記ハンギョレ新聞は,C氏の共同記者会見の内容として,「生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌にあったキーセンの検番に売られていった。3年間の検番生活を終えたCさんが初めての就職だと思って,検番の義父に連れられていった所が(中略)華北のチョルベキジン の日本軍300名余りがいる小部隊の前だった。私を連れて行った義父も当時,日本軍人にカネももらえず武力で私をそのまま奪われたようでした。」 と報じており(原判決第3の2(1)ウ(エ)),平成3年訴訟の訴状には,原告の一人であるC氏について言及した部分として,「そこへ行けば金儲けができると説得され(中略)養父に連れられて中国へ渡った。(中略)「鉄壁鎭」へは夜着いた。小さな部落だった。養父とはそこで別れた。Cらは中国人の家に将校に案内され,部屋に入れられ鍵を掛けられた。そのとき初めて「しまった」と思った。」との記載があり(同エ(ア)),D論文には, 「17歳のとき,養父は稼ぎに行くぞと,私の同僚のHを連れて汽車に乗 ったのです。着いたところは満州のどこかの駅でした。サーベルを下げた 日本人将校二人と三人の部下が待っていて,...(後略)」との記載がある (同カ)。上記ハンギョレ新聞は,C氏が慰安婦であったとして名乗り出 た直後に自身の体験を率直かつ具体的に述べ,これを報道したもの,平成 3年訴訟の訴状は,訴訟代理人弁護士がC氏に対し事情聴取をして作成したもの,D論文は,DがC氏に面談して作成したものと考えられ,それぞれ一定の信用性があるということができる。これらの記載の内容を総合考慮すると,被控訴人Yが,これらの資料から,C氏が女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊として日本軍に強制連行されて慰安婦になったのではなく,C氏を慰安婦にすることにより日本軍人から金銭を得ようとした検番の継父にだまされて慰安婦になったと信じたことについて相当な理由が認められる。
 この点について,控訴人Xは,上記の各資料からは,C氏が日本軍人により強制的に慰安婦にさせられたと読み取るのが自然であると主張する。 しかし,上記の各資料は,C氏の述べる出来事が一致しておらず,脚色・ 誇張が介在していることが疑われるが,検番の義父あるいは養父に連れら れ,真の事情を説明されないまま,平壌から中国又は満州の日本軍人ある いは中国人のところに行き,着いたときには,日本軍人の慰安婦にならざるを得ない立場に立たされていたという趣旨ではおおむね共通しており,上記ハンギョレ新聞・D論文からうかがえる日本軍人による強制の要素は, C氏を慰安婦にしようとしていた義父あるいは養父からC氏を奪ったという点にとどまっている。そうであれば,核となる事実として,日本軍がC 氏をその居住地から連行して慰安婦にしたという意味で,日本軍が強制的にC氏を慰安婦にしたのではなく,C氏を慰安婦にすることにより日本軍 人から金銭を得ようとした検番の継父にだまされて慰安婦になったと読み取ること,すなわち,いわば日本軍の関与に関わる消極的事実を読み取る ことが可能である。被控訴人Yが上記の各資料に基づき上記のとおり信じたことについては,相当性が認められるというべきである。


ウ 平成3年当時,「女子挺身隊」又は「挺身隊」の語は,慰安婦の意味で 用いられる場合と,女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊の意味で用いら れる場合があったというべきであり,一義的に慰安婦の意味に用いられて いたとは認められない。また,「女子挺身隊」又は「挺身隊」の語につい て,女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊の意味で用いることが特別なことであったとも認められない。 そして,本件記事Aが日本国内の読者に向けた報道であることに加え,本件記事Aが掲載された朝日新聞は,昭和57年以降,Fを強制連行の指揮に当たった動員部長と紹介して朝鮮人女性を狩り出し,女子挺身隊の名で戦場に送り出したとのFの供述を繰り返し掲載していたし,他の報道機 関も朝鮮人女性を女子挺身隊として強制的に徴用していたと報じていた。その一人がやっと具体的に名乗り出たというのであれば(それまでに具体的に確認できた者があったとは認められない〔弁論の全趣旨〕。),日本 の戦争責任に関わる報道として価値が高い反面,単なる慰安婦が名乗り出 たにすぎないというのであれば,報道価値が半減する。「体験をひた隠しにしてきた彼女らの重い口が,戦後半世紀近くたって,やっと開き始めた。」との記述等に照らすと,本件記事Aについて,一般読者の普通の注意と読 み方を基準として解釈すれば,「女子挺身隊」として強制的に徴用された慰安婦が具体的に名乗り出たと読むことは相当である。
 そうすると,被控訴人Yが,本件記事Aにおける「女子挺身隊」の語を女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊の意味に解し,女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊の名で慰安婦にされたとは述べていなかったC氏について,控訴人Xが女子挺身勤労令の規定する女子挺身隊と慰安婦とを関連付
けたと信じたことには相当性が認められるというべきである。 この点について,控訴人Xは,韓国では,「女子挺身隊」又は「挺身隊」 の語は,慰安婦の意味で用いられることが一般であることや,日本国内でも慰安婦の意味で用いられていたことを理由に,本件記事Aが関係のない 女子挺身隊と慰安婦とを結び付けるものではないと主張するが,上記判断を左右しない。


エ 本件記事AにおけるC氏の述べた内容は,控訴人Xがテープに録音されたC氏の話を元に記載されたものである。本件記事Aには,「女性の話によると,中国東北部で生まれ,17歳の時,だまされて慰安婦にされた」 との記載があり,この記載からすれば,控訴人Xが聞いた録音テープにおいて,C氏がだまされて慰安婦にされた旨を語っていたことが推認される。 これに加えて,本件記事Aの数日後に行われたC氏の記者会見の内容を報じる平成3年8月15日付けハンギョレ新聞に「検番の義父」に連れられて日本軍の小部隊に行き,慰安婦にさせられた旨の記載があることからすれば,被控訴人Yが,C氏が検番の継父にだまされて慰安婦にさせられたと信じたこと,さらに,控訴人XがC氏が話した内容と異なる内容(C氏 が女子挺身隊の名で日本軍に連行されたとの内容)の本件記事Aを執筆したと信じたことについては相当性が認められる。
 控訴人Xは,本件記事Aには「検番の継父」との記載がないことから, 10 被控訴人Yが,C氏が検番の継父にだまされて慰安婦にさせられたと信じ たことには相当性が認められないと主張するが,上記ハンギョレ新聞の報 道も併せて読めば,被控訴人Yが上記のとおり信じたことの相当性は左右されないというべきである。


オ 控訴人Xは,C氏が日本軍人による強制連行の被害を供述していたこと,平成3年当時,C氏が日本軍人によって強制連行された旨の報道が多数なされていたこと,被控訴人Y自身も平成4年当時,C氏が日本軍に強制連行されたとの認識を有し,その旨のコラムを掲載したり,テレビ番組で発言したりしていたとして,これらの事情を前提にすると,被控訴人Yは, C氏に聴き取りをするなどの取材をするべきであったと主張する。また,控訴人Xの主観的事情,すなわち,事実と異なることを知りながら記事を 執筆したという点については,控訴人X本人に取材すべきであったと主張 する。
 しかし,C氏は,自ら体験した過去の事実(慰安婦となった経緯)について,Y論文執筆時点に比べ,より記憶が鮮明であったというべき過去の時点において,多数の供述を残している。すなわち,C氏は,平成3年8月14日の共同記者会見の当初から,検番の継父にだまされて連れて行かれた先で慰安婦にさせられた旨を繰り返し述べており,このことは,同月15日付けのハンギョレ新聞や平成3年訴訟の訴状からも明らかである。 これらから,前記イのとおり,日本軍の関与に関わる消極的事実を読み取 ることが可能である。これらの資料の閲読に加えて,更に平成3年当時のC氏が述べた慰安婦にさせられた経緯について,改めて取材や調査をすべきであったとはいえない。また,控訴人Xの主観的事情(記事執筆時点で の認識)について,これまでに判示したところによれば,被控訴人Yは, 本件記事Aについて,一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈(具 体的には,本件記事Aの「女子挺身隊の名で連行された」との部分について,C氏が第二次世界大戦下における女子挺身勤労令で規定された「女子 挺身隊」として戦場に強制的に動員されたと解釈)した上,多数の公刊物 等の資料に基づき,合理的に推論できる事実関係(具体的には,C氏が挺 対協の聞き取りにおける録音で「検番の継父」にだまされて慰安婦にさせられたと語っており,原告がその録音を聞いてC氏が慰安婦にさせられた経緯を知ったこと)に照らして,判断の上,Y論文に記載したということ ができる。前者(記事の趣旨)について,執筆者である控訴人X本人に確 認することを相当性の条件とすることは,記事が客観的な存在になってい ることを考慮すると,相当ではない。一般読者の普通の注意と読み方を基 準として解釈すれば十分というべきである。後者(記事執筆時点での事実認識)について,本件においては,推論の基礎となる資料が十分あると評 価できるから,事実確認のため,控訴人X本人への取材を経なければ,相当性が認められないとはいえない。また,実際上,控訴人X本人に対する 取材について,被控訴人Yと同様に本件記事Aの問題点を指摘していたG に対し,控訴人Xが回答していなかったことからすれば,被控訴人Yにおいて,別途取材の申込みをすべきであったとはいえない。 したがって,この点に関する控訴人Xの主張は認められない。

(3) 被控訴人Yの表現が意見ないし論評の域を逸脱しているとの主張について

 本件各Y論文について,被控訴人Yの表現が,容赦のない批判とはいえても,直接,人格をおとしめる言辞を含んでおらず,本件記事Aの内容の批判を超えて,控訴人Xの人身攻撃に及んでいるとは評価できないし,被控訴人Yがそのような意図を有していたと認めるに足りる証拠はない。また,被控 訴人Yが,本件各Y論文を発表することによって,第三者による控訴人Xに対する脅迫行為を促す意図があったと認めるに足りる証拠はない。控訴人X の指摘する被控訴人Yの表現については,いずれも前提となる事実が真実であると証明されているか,真実と信じることについて相当な理由があると認められ,当該事実に関する意見ないし論評の域を逸脱しているとは認められない。 したがって,この点に関する控訴人Xの主張は認められない。

(4) 事実の公共性が認められないとの主張について

 慰安婦に関する問題は,国際的に議論されている重要な問題であり,また,朝日新聞社は,著名な新聞社であり,その発行する朝日新聞は国内のみなら ず,国外に対しても多大な影響力を有しているといえる。そうすると,控訴人Xが朝日新聞社の記者として,国際的に重要な問題である慰安婦問題について執筆した本件記事Aの内容を批判する本件各Y論文は,公共の利害に関 する事実に係るものと認められる。したがって,この点に関する控訴人Xの主張は認められない。

(5) 目的の公益性が認められないとの主張について

 前記(4)で述べた点を考慮すれば,本件記事Aを執筆した控訴人Xを批判することについては,目的の公益性が認められる。
 したがって,この点に関する控訴人Xの主張は認められない。

 (6) その他の主張について

 控訴人Xのその他の主張は,いずれも上記判断を左右しない。

(7) まとめ

 以上のとおり,本件各Y論文の記述のうち,控訴人Xの社会的評価を低下させるものについては,その摘示された事実又は意見ないし論評の前提とされている事実が真実であると証明されているか,真実と信じることについて相当な理由があると認められ,また,意見ないし論評の域を逸脱しているものは認められない。そして,本件各Y論文については,事実の公共性,目的 の公益性が認められるから,被控訴人らについて,不法行為の成立は認められない。
 したがって,控訴人Xの請求は,その余の点を判断するまでもなく,いずれも理由がない。

結論

 以上によれば,原判決は相当であり,本件各控訴にはいずれも理由がないから,これを棄却すべきである。 よって,主文のとおり判決する。

札幌高等裁判所第3民事部
裁判長裁判官 冨田一彦
裁判官 目代真理
裁判官 宮﨑純一郎