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民事訴訟提訴直後の記者会見という悪手

ご当地アイドル自死をめぐる記者会見が名誉毀損であると判断された事例

 愛媛県ご当地アイドルの自死をめぐって所属事務所を提訴した遺族と訴訟代理人がなした記者会見に関する裁判所の判決が言い渡されました。

 愛媛県ご当地アイドル大本萌景さん=当時(16)=の自死を巡り、記者会見でパワハラが原因などと虚偽の内容を公表されたとして、所属事務所の「Hプロジェクト」と佐々木貴浩社長(55)が遺族側に計約3600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が28日、東京地裁であった。野村武範裁判長は事務所側への名誉毀損(きそん)を認め、大本さんの両親や代理人弁護士に計567万円の賠償を命じた。
 野村裁判長は、遺族側が2018年10月に事務所側を提訴すると表明した記者会見について、「パワハラを行った上、学費の貸し付けを撤回して絶望させるなどしたことが自殺の原因との印象を与えるものだ」と指摘した上で、「一部を除き真実性や真実相当性のいずれも認められない」と判断。「自殺に追い込んだとの報道が大量に行われ、社会的評価が大きく低下した」と結論付けた。
 佐々木社長は記者会見し「有罪確定のような報道で生きた心地がしなかった。気持ちは晴れたが萌景さんを守ってやれなかった」と語った。遺族側弁護士は「正当な業務で、断じて受け入れることはできない」としている。

時事通信「アイドル自死、遺族側に賠償命令=事務所提訴会見は名誉毀損ー東京地裁」

 私はこの裁判にはそれほど関心を持っていませんでしたが、この自死をめぐる一連の裁判においてご当地アイドルの女性が自死した原因は事務所の対応ではなく別の原因であると判断されてきており、記者会見が名誉毀損であると判断されたこともそれらの判断の積み重ねによるものであると思っています。ただ、提訴前の記者会見が危険なものであるということを改めて明らかにしたものであると思います。

プロボクサーの亀田興毅さんらに監禁されたと民事訴訟を提起した日本ボクシングコミッションのリングアナウンサーの記者会見が違法であると判断された事例

 同様の事例として、四国で行われたボクシング興行で日本ボクシングコミッションのリングアナウンサーが亀田興毅さんらに監禁されたとして民事訴訟を提起し、提訴直後に行った記者会見の違法性が認められて本訴棄却、反訴一部認容で本訴原告のリングアナウンサーが330万円の賠償を命ぜられたものがあります。この事例では、亀田興毅さんらが監禁した事実がないばかりでなく、亀田興毅さんらは後々の紛議にならないように話し合いの内容を動画で撮影していたということもあり、本訴原告のリングアナウンサーの名誉毀損が認められたものでした。なお、この事例から派生した民事訴訟では、ライターの片岡亮さんも名誉毀損が認定されて高額の賠償を命ぜられています。
 なお、この民事訴訟では片岡亮さんが亀田興毅さんらに何をやったのか理解すらしていないのではないかと思われるマスコミ人らによる「スラップ訴訟」という決めつけなどが目立っていたことも付け加えておきます。

 ボクシングの元世界チャンピオン・亀田兄弟(興毅・和毅)がタレントの北村春男弁護士を代理人としてフリージャーナリスト・片岡亮氏に対して2,000万円の金銭支払いなどを請求した名誉毀損裁判で、2016年1月27日、東京地裁の中吉徹郎裁判長は、300万円の支払いを命じた(控訴せず確定)。それから3カ月、筆者が、敗訴した片岡氏をはじめ本件を取材したところ、曖昧な名誉毀損の認定基準が改めて浮かび上がった。片岡氏がブログで取り上げた事件は、『東スポ』も取り上げていた。両者の内容はほとんど同じだが、なぜか片岡氏のブログだけが名誉毀損にあたり、『東スポ』の記事は名誉毀損には該当しない、という判断が裁判所で下った。

黒藪哲哉「ボクシング亀田兄弟が起こした名誉毀損裁判でフリージャーナリストに300万円の賠償――ほぼ同内容『東スポ』記事は問題ナシの判決」

「スラップ訴訟」という言葉をご存知だろうか。ネットのウィキペディアで検索すると、「スラップ(英: SLAPP、strategic lawsuit against public participation、威圧訴訟、恫喝訴訟。直訳では『対公共関係戦略的法務』)は、訴訟の形態の一つ。公の場での発言や政府・自治体などの対応を求めて行動を起こした権力を持たない比較弱者・一個人に対して、大企業や政府などの優越者が恫喝・発言封じなどの威圧的、恫喝的あるいは報復的な目的で起こす訴訟である」と、書かれている。また、「経済的に力のある団体が原告となり、対抗勢力を被告として恫喝的に行うことが多い。被告となった反対勢力は法廷準備費用・時間的拘束等の負担を強いられるため、仮に原告が敗訴しても、主目的となるいやがらせは達成されることになる。そのため、原告よりも経済的に力の劣る個人が標的にされやすい」と、説明されている。

(略)

 しかし、何が許せないかは、ここまで読んでくださった方々にはお分かりいただけるだろう。個人のブログより先に報じたスポーツ紙が何の抗議も受けず、フリージャーナリストのブログが訴えられたのだ。こうしたスラップ訴訟は平気で許される現行法制度にもあきれる。改めて、言論の自由とは何か。そんなことも考えさせられる問題だ。

山田厚俊オフィシャルブログ「スラップ訴訟①・序章」

 ブログでは、この結果を速報で報じ、その後、舞台裏の話を加筆していったものだ。訴状によれば、この9月4日付のブログを指して①「本件試合で使用されたグローブをめぐり、原告らが日本ボクシングコミッション(以下「JBC」という。)職員らを監禁し、恫喝した旨の記事(以下「本件記事1」という。)を掲載した」こと、続けて②「同月11日、本件記事1と同様、原告らがJBC職員を監禁し、恫喝した旨の文面(以下「本件各コメント」という。)を2回にわたり掲載した」、さらに③「同月16日付で、『大毅、王座獲得の舞台裏(3)監禁・恫喝』との題名を付して、本件記事1及び本件各コメントと同様、原告がJBC職員を監禁し、恫喝した旨の記事を本件ブログに掲載した」という点において原告の名誉が棄損されたとし、片岡さんは原告(興毅、和毅兄弟)に対して不法行為責任を負うべきだというものだ。

山田厚俊オフィシャルブログ「スラップ訴訟③・昨年9月の決定戦のブログ記事で…」

 亀田興毅さんらが提出した証拠にはリングアナウンサーとの話し合いの場である室内からいつでも出ていくことが可能であることが明らかにされていましたし、何よりその話し合いの内容を明らかにする動画も提出されていました。このような動かぬ証拠があるにもかかわらず、マスコミ人らが片岡亮さんを擁護してスラップ訴訟などという主張をした原因の一つには、知人や友人を互いにかばい合うマスコミ人らのぬるま湯体質があるのではないかと思っています。

記者会見の違法性の有無が法廷で判断されると思われる「リーガルハラスメント」裁判

 これらの先行事例を見たうえで、今後の展開が興味深い事例が一般社団法人Colaboと代表理事の仁藤夢乃さんが暇空茜さんを提訴した民事訴訟の記者会見です。記者会見の違法性について暇空茜さんは原告訴訟代理人の神原元弁護士と太田啓子弁護士に対して民事訴訟を提起したことを明らかにしています。この民事訴訟についても、提訴直後の記者会見の違法性の有無について争われるものと思われます。

被告をサンドバッグにする民事訴訟直後の記者会見

 このような敗訴が相次ぐ民事訴訟提訴直後の記者会見ですが、その原因は記者会見時点での情報量の差により原告側が被告側をサンドバッグにすることができるタイミングであることと無縁ではないでしょう。民事訴訟提起時点では、原告側は訴状の内容も提出された証拠の内容も含めて承知しているのに対し、被告側は何も情報を得ていません。仮に早く察知して提訴直後に裁判記録を閲覧しようとしても当事者への送達前に裁判記録の閲覧ができないのが通常の取扱いです。したがって、原告側は訴状の内容に基づいて伸び伸びと被告を批判することはできますが、被告側は「訴状を見ていないのでコメントできない。」と述べることしかできません。しかも、裁判の仕組みを知らない者からはそのようなコメントすら無責任であると批判されたりもするわけです。このような非対称性が原告側の全能感を満たしてやりすぎた批判となってしまうのだと私は思います。