友達

アタシには親友がいる。
何でも聞いてくれる親友が。
そいつはメンドクサイ頼みも聞いてくれるし、彼氏に振られた時には朝まで付き合ってくれる、昨日みたいに。
何度目だろう?
指折り数えて途中で辞めた。
中学校からの腐れ縁、幼馴染とは少し違うけどもう十年以上連絡を取り合い月一ペース遊んでる。
アタシはなんでも話す。
だけどアイツは何も話さない。
ちょっと気だるそうに、でも真剣にいつも耳を傾けてくれる。
ぶっきらぼうな返事はたまに頭に来るけど、でもその中身はいつも濃い。
後から気付いて納得するけどアイツには言わない。
ちょっと悔しいから。
いつもアイツは”アタシの先を”見てる。
その割りにアイツの人生は無計画、無軌道、ハッキリ言ってダメ人間だ。
アタシは違う。
少なくとも世間的には。
「だからさ、酷いと思わない!?」
いつもの店、いつもの席。
「散々もてあそんでポイ!とかありえなくない!?」
いつもの匂い。
赤マルのちょっとクスリッぽい。
「愛してるなら中出しだろ、とか言って、会ったらまずヤル!サルか!サルなのか!?アレは」
そこでアイツはいつもの仕草でタバコをもみ消した。
貧乏性だから相変わらず根元まで吸うクセは直ってない。
「妊娠したらどうすんだっての!別れる前に一発ってどうよ!?」
若干眠そうにそこでアイツはジュースを啜った。
それはそうだ。
昨日朝までグチを言って、そこからスッキリ寝たアタシとそのまま仕事に行ったアイツでは疲労度が違う。
今ココで眠りだしても誰も責められないだろう。
いや、アタシは起こすけどね。
「どう思うよ!?、あん!?」
どう思うと聞かれても困るだろう。
すでに何回聞かれたか分からないのだ、アイツは。
その度にアタシが納得しそうな言葉を探して、選んで組み立てて返してくる。
もういっそ知るか!!っと叫びたいだろう。
まあそしたらアタシはグーで殴るけどな。
「だからさ、じゃあどうしたいんだよ?」
相変わらずぶっきらぼうに聞いてくる。
「お前が怒ってるのは分かった、もう十二分に。でもやり捨てられたお前がどうしたいんだかが俺には分からん」
そうそう、言い忘れてたけどアタシの親友は男だ。
小糸雄介、ぱっと見三十台後半のチンピラ、本業ペットショップ店員。
実年齢25歳。
「とりあえず悲しみにくれて泣いていたいのか、それともその男をぶん殴って東京湾に沈めたいのか、それとも忘れてしまいたいのか、どれだ?まゆ」
まゆはアタシの名前。
「どれも違うね、悲しみにくれて泣きながらぶん殴って東京湾に沈めた後にすっかり忘れたいんだ、アタシは」
自分で言っててビックリする程殺伐とした発言だ。
教師として間違っている、小学校教員として。
父兄には間違っても聞かせられないなぁ。
「分かった、そうしたいならそうすればいい。俺は手伝わないけどな」
そうサラリといって雄介はソフトボックスの赤マルを取り出し火をつけた。
そしてまたジュースを啜る。
タバコを吸うとのどが渇く、が雄介の口癖だ。
なら吸わなければいいのに。
「大体それなら話は単純じゃないか、忘れちまえ、そして次の恋を見つけなさい。お前独りでぶん殴りにいったら返り討ちにあってまた犯されてしまいだ。東京湾に沈めるのは夢のまた夢。無論手伝いがあれば可能だろうケドそんな犯罪行為に手を貸すゴロツキがお前の周りにいるか?」
ゴロツキ風の友達なら目の前にと言いかけて口をつぐんだ。
見かけによらず、メンドクサイコトに雄介は繊細だ。
「いないだろ?なら忘れちまえ。いい勉強になったんだ。これからはサルとは恋愛をお断りすればいい」
まあ確かに。
実を言えば昨日の段階で気はある程度晴れていたのだ。
でなければグッスリとは眠れない。
結局アタシ自身の中で”サルとは付き合えない”って意識があって別れようって気持ちもあった。
でもソレを言うには、言葉に出すには少々気合が足りなくて尻込みしていた。
先に言われて悔しい。
多分それだけだったのだ。
そして雄介はそれを知っていた。
だけど言わなかった。
そう言えばアタシがムキになると分かっていたのだろう。
どんな泥仕合だって、はたから見てて負け試合でもアタシが認めるまで試合は終わらない。
だからそういう人間に負けを勧めるのは得策ではない。
結果その人間が帰ってこれなくなってもそれはそれで仕方ないじゃないか。
少なくともアタシはそういう人間だし、雄介はそれを知っていてなおかつ認めている。
一つため息をついてからグラスに残った中身と氷が7対3ぐらいで混じったオレンジジュースを飲み深く納得する。
ある意味これは儀式なのだ。
「分かった、この話は終わり」
そうしていつも私の恋はこの言葉で終わる。
十年一日ってヤツだ。
恐らくそうなるだろう、ってコトを雄介は知っている。
だけど言わない。
だから親友。
「よし、じゃあ俺は帰っていいな。十代じゃないんだ、もう徹夜はキツイ」
そういってサッと伝票を取ってレジに向かう。
これも変わらない。
そしてレジでは「会計は別で」っと言うのだ。
ソレも変わらない。
男とか女とか関係なく対等だから。
だから親友なのだ。
二人別の会計を済ませて店を出る。
駐車場までトボトボ歩く。
アルコールは飲まない。
もたれ合いたくないから。
そこではロクに口を聞かない。
もう終わったから、話は。
アタシは二十五歳になって、四捨五入したらもう三十だから、十代の頃と違って少しは色々なコトが見えるようになった。
雄介はバカ話は得意だ。
時に人生の悩みも語る。
でも本当のコトは何も言わない。
アタシは何でも言う。
言う事で甘えて、頼ってすがって、勝手に楽になってる。
きっと負担だろう。
中三の夏に実は雄介に告白された。
アタシはキッパリ振った。
そのことに後悔がある。
十代の自分を、十五の自分を殴りたい。
でも、何があっても、もう戻れない。
だからアタシと雄介は親友なのだ。
だからアタシには負い目があるのだ。
アタシは雄介がいなければダメなのだ。
毎回、この駐車場で思う。
毎回、後ろから抱き付いて「好き」って言ってやろうと思う。
でもそしたらアタシと雄介は親友じゃなくなっちゃう。
異性の親友って大事だ。
親友の雄介が恋人の雄介になっちゃったらアタシは壊れちゃうかも知れない。
それが恐くてどうしても言えない。
二台仲良く並んだそれぞれの車に乗り込む前に「じゃあまた連絡するわ」っと雄介は言う。
「ん、アタシからもするから」っと答える。
でも最近雄介からは電話もメールもロクに来ない。
求めれば応じるけど求められなければ答えもしない。
「またなぁ」
そう言いながら車に乗り込んだ雄介はサッと駐車場を出て行った。
隣接する国道に出るときにいつもみたくハザードをたく。
何かの歌なら愛してるのサイン、でもこれは単純にバイバイの合図。
「もう一回、コクって来ないかなぁ・・・・」
夜空を見上げながらそっとつぶやいた。
もう一回告白してきたら、今度は素直に「うん」って言えるのに。

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