![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/91080108/rectangle_large_type_2_0d2b305ae20623ec4e03e0a80fb8dbaa.jpeg?width=1200)
【ショートショート】獣の家
そういえば、不動産屋のおじさん、何か言いたそうにしていたな。
リビングでお昼寝中の、生後6ヶ月の娘を見つめたまま、マチコはカウンターキッチンでで立ちすくんだ。
いるはずのない、白い何かが、すうっと視界の端をかすめたのだ。
昨夜も、そう、耳元で確かに犬のうなり声を聞いた。くずった娘を寝かしつけた直後だったので、夫のイビキと一緒に舌打ちで流したのだが、多少寝不足でも、覚醒している今は、恐怖が勝っていた。
秋の夕日がリビングに差し込みはじめた。カーテンを引かないと、と思っているのに動けない。
そこに、玄関のチャイムが前触れもなく割り込んだ。
娘の手が持ち上がる。
まずい。
マチコは、玄関に飛び込んだ。
ドアガードだけは確認して、そぉっと開ける。背中から、娘のくずる声が聞こえた。
「何ですか」
「どうもー。〇〇新聞ー」
「いりません」
ひどい人相になっていることは認識していても、愛想笑いができる状況ではない。娘のぐずり声が大きくなった。
「元気なお子さんー」
「失礼」
ばたん、がちゃ、(うるせえよ)とドアを閉めたとき、マチコは娘の声が消えていることに気づいた。
寝た? いや、あれは遊んでやらないとダメなやつのはず。
思いながら、そっとリビングの様子を窺った。
そこにはー。
床にうずくまる半ば透けた白い中型犬、そしてそれに上機嫌でのしかかる娘がいた。
娘と目が合う。満面の笑み。
いやそれちがうから。
犬らしきものがこちらを見る。居心地の悪そうな、助けを求めるような垂れ目。
あんた何してんの。
それなりの事情があって「出てきた」のだろう。しかしタイミングと相手がー。
悪かったのよねと、低い姿勢のまま、マチコは思考した。夕食の準備はまだ終わってない。
ごめんね。もうちょっとお願い。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?