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【ショートショート】重要人物

 その男は、誰が見てもどう見ても、「出来上がって」いた。
 飲み始めてから3時間。上機嫌な顔が近づいてくる。夜なのでひげがざりざりしている。鼻毛も一本、ちらりと見えた。
「だからな」
 と言って横を向いて小さくげっぷをする。この辺りは曲がりなりにも社会人として身に沁みついた習性なのだろう。
「俺が初当選したときは、そりゃあ大変な時代でなあ」
 またか。何回目だ。だが聞かないわけにはいかない。
「それにしても最近は例の政策が」
 話が変わる。ちょっとは中身のある話になるのか。
「なかなかいいものができないんだよなあ。おまえ、どう思う? ・・だってな、世間様は、アレだ、で、でぃーえっくすとか言っている時代に・・あれって今でもデラックスとか言っちゃうやつ、いるのかな。いや、俺はすぐにスマホで検索したね。・・そういえば若いやつって、なんで、肝心なことは検索、やんねえんだろな。思わねえ? 便利な時代になったのにな。俺なんて」
 男は少し身を引いて焼酎の水割りを飲むと、またぐっと身を乗り出した。眼が据わっている。
「聞いてるか? 俺が思うにみん、民意というものは」
 鼻息がかかりそうなぐらいに顔が近づいた。
 ぶつん。

「また辞めたのか」
 眉間にしわを一層深くして、黒縁メガネの男がつぶやいた。
「あれはだめですねえ」
 机を挟んで正面に立つ若い男が、耳の下を搔きながら応じた。
「ターゲットの家に盗撮カメラ付きのぬいぐるみを持ち込む。ここまではよかった」とメガネの男。「まさかこんな奴とは」
「なんであのおじさん、ぬいぐるみ相手に説教しますかねえ。肝心なことは言ってくれないのに。パンツ一丁でうろうろするし」
「普通ならパワハラ、セクハラだ」
「今回辞めた彼もそういってましたねえ」
「こっちが勝手に覗いてるんだし、家飲みだから訴えるわけにもいかん」
「そもそも目的は情報収集ですしね」
「仕事なんだからがまんして欲しいという気持ちもあるが」
「部長、それ言っちゃダメ」
「分かってるよ。次の手を考えよう。帰るぞ。一杯付き合え」
「お断りします」

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