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GOKUMON

 國塚隼人が若頭の腹に突き刺したドスは、去年の放免祝いに若頭がくれたドスだった。

「カシラぁ! なんなんスか!」
 隼人は叫び、手応えのないドスを引き抜いた。二撃目は迷わず心臓を抉り、揉み合う前に足を払う。
「もうそのまま死んで! 死ね!」
 しかし願い虚しく相手は起き上がり、爛々と目を光らせる。
 異変が起きたのは数分前。屋敷の庭に隼人を呼びつけた若頭が、懐から破門状を取り出した時だった。突然呻き、悶え、御影石の蛙を掴んで殴りかかってきたのだ。
「クソ! どうすりゃ」
「もう一度」
 背後の声にギョッとして振り向くと、ブレザー姿の青白い少年が鉾を押し付けてきた。
「これで胸を」
「あ? なんだてめぇ」
「彼は罪悪感に敗れて獄門をくぐり、悪鬼羅刹に心を喰われたのです」
「なに言ってんだこのタコ」
「後ろ、来ますよ」

 志田征一郎が周囲の目を盗んで訪れたのは、千代田区大手町の地下深くに秘匿された石室だった。

「歴代最年少総理、おめでとうございます」
 仄暗い空間に痩せ男、北條宗介の声が響く。
「ああ。お前も次の人事で警視正だな。婆様の御様子は」
 志田は石室の最奥に目を向けた。壁一面に嵌め殺された木格子の向こうに、干からびた老婆が座している。膝の上に乗せた髑髏を両手で包み支え、俯いたまま動かない。唯一、肩から床に流れる白絹のような髪だけが生を感じさせた。
「御変わりありません」
 北條は頷き、
「志田さんを呼んだのは人選の件です」
 と添えた。
「おいまさか、五本目の候補者を?」
「見つけました。三番が監視を」
「三番? あの小僧で大丈夫か」
「彼も成長しました」
「そうか。これが上手くいけばあと二本で……」
「ただ、ひとつ懸念が」
 北條が言葉を切り、大袈裟に咳払いする。
「なんだ、またか? 厄介者はもう勘弁だぞ」
「候補者はヤクザです」
「ヤ……」
「ヤクザ」
「……パッと思いつくリスクだけで両手じゃ足りん」
「腕の見せ所です。我々の」
 志田は溜息を漏らし、不承不承頷いた。

【続く】

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