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魔道

1984年 日本 長野県

「山で天狗が死んどる」
 森林組合の男性による110番は、駐在所の巡査が到着するまで悪戯だと思われていた。

 応援要請を受けて正午に臨場した矢島は、白樺林のヒグラシが静まる時間になっても検視を続けていた。早急に報告を上げるべきだが、好奇心が「まて」と言う。
 もう一度、オオワシの死骸に触れる。精根尽きたのか仰向けに倒れ、翼を広げたまま絶命している猛禽類の後肢、この大腿部から先を人間の――子供の脚とすげ替えた犯人は、異種移植を成功させたというのか。何度確かめても壊死の症状は認められない。
「おめぇ、歩けたんか?」
 矢島は小さな膝をそっと撫でた。

2022年 バングラデシュ ダッカ

 路頭で暮らす幼いラキブにとって、従兄のマニクは憧れの存在だ。マチェーテ1本で物乞いからギャング幹部の座に上り詰めたマニクは、時折ラキブに食い扶持を与えてくれる。
 屋台で羊のトルカリ弁当を5つ調達したラキブは、錆が浮いた自転車を漕いで旧市街の廃倉庫を目指していた。そこにいるマニクたち4人と、彼らを短期で雇ったヤジマという若い男に1週間、昼飯を届ける。それだけでゴミ漁り2ヶ月分のカネが貰えるのだ。
 リキシャと自動三輪車と馬車と人でごった返す大通りを避けて、迷路のように絡み合う路地に入る。土埃と紙屑が舞う未舗装の小道を走りながら、ラキブはこの雑用の終わりを惜しんだ。マニクによればヤジマの取引は今夜。銀色の鞄の中身も取引相手も、謎のままだという。
 廃業した縫製工場の裏手に出る。無人の敷地を勢いよく突っ切って最終コーナーを曲がったラキブは、倉庫の手前10メートルで急停止した。
 見張り役のサアジが倒れている。出入り口のドアが開いている。どうすべきか戸惑っていると、鞄を抱えたヤジマが転がり出てきた。次いでゆっくりと、もうひとり。ラキブは息を呑んだ。黒い革ツナギを着た人間の首から上が、ゴミ捨て場に群がるカラスそのものだった。


【続く】

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