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読み切り小説

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1記事~2記事で完結する短いやつです。
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#逆噴射プラクティス

救いのクリスマ……

「メリークリスマス、ダーンくん」  サンタはガスマスク越しにささやき、枕元にギフトボックス置いた。男児の腐敗はそれほど進んでおらず、表情は安らかに見えた。冬場にもかかわらず窓が少し開いているのは、両親によるせめてもの配慮だったのだろう。サンタは痛む腰をのばし、薄暗い子供部屋を見回す。家具の配置は昨年と変わりないが、どうやらこの一年でフットボールに興味がわいたようだった。 「ボールのほうがよかったかな」  この家からも、今年は手紙が届かなかった。 「そろそろ、行くよ」  サンタ

『赤ら顔のタフガイ』 #パルプアドベントカレンダー2020

「さあベッドに入って。……よし、今日はどの絵本にしようか」 「ねぇダディ、どうして、ペッカお爺ちゃんのお顔はいつも真っ赤なの? どうして、ほかのお爺ちゃんと違うの?」 「え?」 唐突な質問に、トゥオマスは言葉を詰まらせた。ことし7歳になった娘のまなざしは、真剣そのものだ。なんと答えてあげればよいのか。トゥオマスはベッドサイドの椅子に腰かけ、娘の頭を撫でながら考えた。 「……リヤ、どうしたんだい? 突然そんなことを聞くなんて。これまで気にしていなかったよね」 「お友達

Corona Extra! #ppslgr

 2020年4月某日。  超巨大都市型創作売買施設『note』の一角を、黒ずくめの男が歩いていた。平時であれば、真っ直ぐ歩くことも困難な賑わいを見せる商業施設だが、非常事態宣言が発令された今は閑散としている。  春だというのに全身黒ずくめの男―― レイヴンは、慣れた足どりで書籍売買エリアに入るとメインストリートを折れ、狭い裏路地をずんずんと進んでゆく。何度か角を曲がり、無数に並ぶ室外機を器用に避け、少し開けた場所に辿り着くと、小さな溜息を漏らして肩を落とす。  目の前には

【連載小説】境界線の白き狩人たち #01

-序-  そいつは、どちら側の人間でもなかった。  俺たちを飼う<ジンク>の側でも、俺たちを殺す<スラウバー>の側でもない。人外でもない。もう随分と昔の話―― ジンクの街に連れてこられる前の話だが、俺は一度だけ人外を見たことがあった。ザバロッグの砦を襲った人外は、誰がどう見たって人外で、例外だった。  だから俺は、どちら側でもないその人間を見たとき、俺のように遠く離れた地から来た別の人間なのだろうと思った。  その人間は、暴虐の限りを尽くした冬嵐がそろそろ飽きて他所へ

俺の家

俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。 ここは聖火リレーのスタート地点だったサッカー施設『J・V』。電力会社が田舎に寄贈した巨大施設。築13年。災害時には事故対応拠点としても活躍した。めでたく営業再開したのは去年の春。レストランやホテル、アリーナもある。 J・Vは俺の家だ。 ここの管理を任されて丸10年。 聞こえはいいが、何でも屋。施工や電気関係の資格もたくさん取った。仕事は大して忙しくないが、1年の大半はここで寝泊りしている。芝生の上に寝転がってす

JR山手線 『ウ・内回り』の日常

 まずい。急げ。走れ。止まるな。俺。 「ハッ、ハッ、スゥー! ハッ、ハッ、スゥー!」  クソッ! 十億だぞ! 十億! 「ハッ、ハッ、スゥー! ハッ、オェ、カハッ!」  クソッ! 俺の全てを! 犠牲にしてきた! 交渉が! やっと実るって日に! 寝坊だと? バカか俺は! あの頑固ジジイ、遅刻なんぞしたら、パーにするに決まってる! 必ず間に合う。アレに乗れば。まだ間に合う!  歩道橋を駆け降りたスーツ男は渋谷駅西口のJR山手線改札をぶっちぎり、『ウ・内回り』と案内が掲げられた階