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読み切り小説

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1記事~2記事で完結する短いやつです。
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記事一覧

『僕の親友』 #架空ヶ崎高校卒業文集

1996年 3年E組 是田 紅丸  架空ヶ崎高校で過ごした僕の四年間を振り返ると、牧くんのことばかり頭に浮かびます。  一年生のときに同じクラスになった牧くんは、サイババみたいな髪型で、骨川筋衛門みたいにガリガリで、昼飯は必ず煎餅か食パンで、根暗な感じで、休み時間は寝るという変わり者だったので、はじめの何ヶ月かは挨拶すら交わしませんでした。  そんな牧くんと仲良くなったのは、一年目の虚像祭でした。不良を気取っていた須田、道半、僕の三人が後夜祭をサボって河原に行くと、牧く

救いのクリスマ……

「メリークリスマス、ダーンくん」  サンタはガスマスク越しにささやき、枕元にギフトボックス置いた。男児の腐敗はそれほど進んでおらず、表情は安らかに見えた。冬場にもかかわらず窓が少し開いているのは、両親によるせめてもの配慮だったのだろう。サンタは痛む腰をのばし、薄暗い子供部屋を見回す。家具の配置は昨年と変わりないが、どうやらこの一年でフットボールに興味がわいたようだった。 「ボールのほうがよかったかな」  この家からも、今年は手紙が届かなかった。 「そろそろ、行くよ」  サンタ

『赤ら顔のタフガイ』 #パルプアドベントカレンダー2020

「さあベッドに入って。……よし、今日はどの絵本にしようか」 「ねぇダディ、どうして、ペッカお爺ちゃんのお顔はいつも真っ赤なの? どうして、ほかのお爺ちゃんと違うの?」 「え?」 唐突な質問に、トゥオマスは言葉を詰まらせた。ことし7歳になった娘のまなざしは、真剣そのものだ。なんと答えてあげればよいのか。トゥオマスはベッドサイドの椅子に腰かけ、娘の頭を撫でながら考えた。 「……リヤ、どうしたんだい? 突然そんなことを聞くなんて。これまで気にしていなかったよね」 「お友達

約束事

 雨叩く夜の密林。深い深い海の底のような闇に紛れ、湿気を掻き分け、兵士たちは退却を続けている。  負傷者のうめき声と、血の臭い。  全員の荒い呼吸と、汗の臭い。  追駆者たちの散発的な銃声と、硝煙の臭い。  雨では消えぬ、戦場の音。  雨では流せぬ、戦場の臭い。  兵士たちの足並みはすっかり乱れ、随分と数も減っていた。下手に反撃する者は、横殴りの雨のように返ってくる敵の弾に蜂の巣にされた。まだ動ける者だけが、黙々と自陣を目指している。  三郎は、弱った清に肩を貸し、先行く人影

Corona Extra! #ppslgr

 2020年4月某日。  超巨大都市型創作売買施設『note』の一角を、黒ずくめの男が歩いていた。平時であれば、真っ直ぐ歩くことも困難な賑わいを見せる商業施設だが、非常事態宣言が発令された今は閑散としている。  春だというのに全身黒ずくめの男―― レイヴンは、慣れた足どりで書籍売買エリアに入るとメインストリートを折れ、狭い裏路地をずんずんと進んでゆく。何度か角を曲がり、無数に並ぶ室外機を器用に避け、少し開けた場所に辿り着くと、小さな溜息を漏らして肩を落とす。  目の前には

剣闘士

「若さだ。永遠の、若さ」 「永遠の若さ?」  皇帝席の青年が聞き返すと、アリーナの男は深く頷いた。 「そうだ。永遠の若さ」  太い声がヘルムの奥から発せられ、円形闘技場に集まった四万の観衆に届く。思いもよらぬ剣闘士の願いに場内が騒がしくなると、皇帝は右手ひとつでそれを静めた。 「フン……」  思わず前のめりになっていた若き皇帝はふんぞり返り、頬杖をつきながら不満をあらわにする。 「……興醒めさせおって。”百戦錬磨” を目前にした闘士の願いとは思えん。死ぬのが怖いか

【連載小説】境界線の白き狩人たち #01

-序-  そいつは、どちら側の人間でもなかった。  俺たちを飼う<ジンク>の側でも、俺たちを殺す<スラウバー>の側でもない。人外でもない。もう随分と昔の話―― ジンクの街に連れてこられる前の話だが、俺は一度だけ人外を見たことがあった。ザバロッグの砦を襲った人外は、誰がどう見たって人外で、例外だった。  だから俺は、どちら側でもないその人間を見たとき、俺のように遠く離れた地から来た別の人間なのだろうと思った。  その人間は、暴虐の限りを尽くした冬嵐がそろそろ飽きて他所へ

俺の家

俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。 ここは聖火リレーのスタート地点だったサッカー施設『J・V』。電力会社が田舎に寄贈した巨大施設。築13年。災害時には事故対応拠点としても活躍した。めでたく営業再開したのは去年の春。レストランやホテル、アリーナもある。 J・Vは俺の家だ。 ここの管理を任されて丸10年。 聞こえはいいが、何でも屋。施工や電気関係の資格もたくさん取った。仕事は大して忙しくないが、1年の大半はここで寝泊りしている。芝生の上に寝転がってす

100日後に死ぬけどその8日後に生き返るババア

【1日目】 「ははっ!」 ババアのしゃがれた笑い声が、テレビの中の観客とシンクロナイズする。 すきま風の絶えない平屋の居間。染みだらけの座椅子。毛羽立ったひざ掛け。不安定なちゃぶ台。果物ナイフ。茶色いリンゴ。ヒビの入った湯飲み。ボタンの印字が掠れたリモコン。 「……」 喪失と孤独を嘆いていたのは、とうの昔。 隣家のオカヨに誘われ、渋々通い始じめたカルチャースクール。 結婚よりも勇気を出して飛び込んだ、女性限定の健康体操教室。 観劇の趣味もできた。もちろん、親しい仲間も

スケベ館の殺人

主な登場人物ミタラシ ・・・”自称” 私立探偵。N大学8年生 マチオカ ・・・ミタラシの親友。小説家 阿久沢 剛三・・・実業家。故人 阿久沢 ツル・・・剛三の妻 阿久沢 高博・・・剛三の息子。”スケベ館” 現当主 阿久沢 詩織・・・高博の妻。故人 阿久沢 加奈・・・高博の娘。霊能力者 阿久沢 明 ・・・加奈の夫。建築家 阿久沢 幸男・・・高博の息子。T大学1年生 岡崎 なな ・・・幸男の恋人。女優 谷口 真吾 ・・・幸男の友人。フリーター 矢島 賢治 ・・・矢島建設 社長 森

とある未来の県議会

202X年、県の議会は新たな条例を制定した。 高校生以下の子どもを対象に、ゲームなどを利用する時間を1日あたり平日は60分、休日は90分に制限する、と。 ……… 往来で―― 「けんけんぱ、けんけんぱ、けんけんけんけん、けんけんぱ!」 「コラ! 道路に落書きするんじゃない! よそでやれ!」 「……」 公園で―― 「パスパス!」 「ナイスシュート!」 「うるさいぞお前ら! もう4時だぞ? 家に帰ってシュクダイでもやれ!」 「……」 空地の土管の中で―― 「おまたせ!」

お前は飛行機に乗って怖くないのか?

「俺、飛行機は嫌いなんですよ。怖くって」 この話をすると、大抵の奴らは意外そうな目で俺を見てから口を揃えて言うんだ。「落ちやしませんよ」ってな。で、ちょっと詳しい奴はこうだ。「ジャンボ宝くじに当たる確率より低いらしいじゃないですか?」「車で死ぬ方が確率が高いのにそっちは平気なんですか?」 そして俺はいつも溜息をつく。そんな返しを求めてるんじゃあない。俺の話を最後まで聞けよ、ってな。 0.0009% 知ってるか? 奴らが言うには、この世界において飛行機が墜落する確率値なんだ

『サンタクロース 201900』 / #パルプアドベントカレンダー2019

「ならば視聴者にその刺激を与えてやる! そういってベンはキリアンをシューターに押し込み、発射ボタンを押しました。キリアンを乗せたシューターは看板に激突し爆発四散。観客は大歓声をあげて、ベンを英雄のように称えましたとさ。めでたし、めでたし。……さ、もう寝る時間だ。おやすみしよう」  父親はパタンと本を閉じ、ベッドの息子に布団をかける。 「サンタさん来るかな!?」 「まだだよ」  苦笑した父親は息子の頭をそっと撫で、優しく言い聞かせる。 「言ったろう? サンタさんが来るのはクリス

JR山手線 『ウ・内回り』の日常

 まずい。急げ。走れ。止まるな。俺。 「ハッ、ハッ、スゥー! ハッ、ハッ、スゥー!」  クソッ! 十億だぞ! 十億! 「ハッ、ハッ、スゥー! ハッ、オェ、カハッ!」  クソッ! 俺の全てを! 犠牲にしてきた! 交渉が! やっと実るって日に! 寝坊だと? バカか俺は! あの頑固ジジイ、遅刻なんぞしたら、パーにするに決まってる! 必ず間に合う。アレに乗れば。まだ間に合う!  歩道橋を駆け降りたスーツ男は渋谷駅西口のJR山手線改札をぶっちぎり、『ウ・内回り』と案内が掲げられた階