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千年女優の狂気について


『千年女優』という映画を見返した。


これでもう三回くらいは見ている大好きな作品だが、いい作品というのは改めて見返しても新しい発見がある。今回は改めて『千年女優』を見て思ったことをまとめる。物語の結末に触れるので、ネタバレ注意。

「その愛は、凶器にも似ている」どの愛?


タイトルにある「その愛は〜」は千年女優のキャッチコピーだが、改めてこの作品を見て思ったのは、「その愛ってどの愛だろう」である。

というのも、この作品には千代子が鍵の君に向ける愛のほかにも、源也が千代子に向ける愛、大滝が千代子に向ける愛、島尾詠子の愛など、色々な愛が描かれていると感じたからだ。
もちろん、コピーが指す「その愛」は、主人公の千代子が鍵の君に向ける愛を指しているに違いないのだけど、周りも負けないくらい狂気ではないか?と思ったのである。順を追って1つ1つ見ていこう。

源也が千代子に向ける愛


物語は映像制作会社の社長・立花源也が伝説の大女優・藤原千代子を取材することから始まる。彼女は30年前に電撃引退して以来、取材を受けることもない状態だった。
源也は千代子の大ファンで、彼女の好きな花を会社名にするほど。

千代子が取材で自分の半生を語る場面では、彼女の人生と主演作の世界観が交錯するのだが、源也はその映画世界の中で、常に千代子の助太刀をする役として入り込む。

源也は千代子が自分に振り向いてくれることはないとわかっていながら、鍵の君を追いかける彼女を助け続けるのだ。好きな女の幸せが俺の幸せタイプの男、源也。

源也の千代子への愛は、女性としてというより、いちファンとしてのものかもしれない。だとしても、彼も鍵の君を追う千代子と同じように、数十年間も彼女を思ってきた狂気にも近い愛を抱いて生きてきた人間といえる。

大滝が千代子に向ける愛


千代子と初めて出会ったときは、銀映(千代子が所属していた映画製作会社)専務の甥っ子ぼんぼんだった大滝。
チャラい感じで千代子を口説こうとするが、鍵の君を追いかける千代子には全く相手にされない。

ただのチャラ男にしか見えなかったが、何十年も千代子と同じ現場で仕事をし、いつのまにか映画監督に昇格している。

そして撮影の現場で千代子の大事な鍵を盗むまでする。彼女は鍵をなくしたことで動揺し、そのあと大滝と結婚するのである。いや大滝、そこまでして千代子と結婚したかったんか。

女性には不自由してないだろうに、何十年も自分に振り向いてくれない女を口説き続けるってのは、なかなかできることじゃない。
鍵を盗むのは流石に酷いが、そこまでして千代子を自分のものにしたい、その執念はある意味 狂気である。

まあチャラ男は自分に靡かない女性にこだわるので、それで執着してしまった可能性もゼロではない。とはいえ結婚してからほかの女性と遊んでいるような描写もないし、本気で好きだったと信じたいな…

島尾詠子は実は大滝が好き?
千代子への執着?


千代子の映画デビュー作で共演してからも、何度も共演している先輩女優。彼女自身は千代子の引立て役だと自虐しており不服そう。
彼女が千代子の鍵を盗んだ実行犯なのだが、後から大滝に頼まれてやったことだと明かしている。どうして彼女はそんなことをしたのか。
本人は「千代子が羨ましかったからやった」と言っていたけど、「大滝のことが好きだったから」と考えることはできないだろうか。

劇中の描写から察するに、島尾詠子と大滝は、大滝が千代子と出会う前からの知り合いだ。共犯するくらいだから、腐れ縁的な仲なのだろう。

島尾詠子が千代子に嫉妬する理由のひとつが「大滝を好きだから」だとしたら、その大滝の恋を実らせるために千代子の鍵を盗んだということになる。源也が千代子に向ける愛と同じ、自分の恋よりも相手の恋が叶うことを優先させる、めちゃくちゃいい女である。

ただ島尾詠子は大滝よりも千代子にこだわっているように見えるので、大滝と千代子が結婚すれば、千代子が女優の仕事から遠ざかるかもしれないという、自分の利益のために協力した可能性の方が高い気はする。

どの愛も、狂気に似ている


物語の途中で、千代子は謎の老婆に呪いをかけられる。おぼろげだけど、千年の恋に苦しみ続けるだのなんだの言ってたよね。

呪いの通り、千代子は永遠に再会できることのない鍵の君を追い続けたわけだが、同様に源也も、大滝も、島尾詠子も、そんな千代子に心をとらわれ続けたと言える。

愛と情熱の違い


以前、遠藤周作のエッセイを読んで、そこに愛と情熱の違いについて書かれていた。遠藤周作は、情熱「恋になんらかの弊害があり、燃え上がっている状態」で、「その情熱が冷めた後に芽生えるもの」と言っていて、みんなが愛だと言っているのは愛じゃねえ、情熱だ!と周作はプンスカしていた。

千年女優のコピーは「その愛は、狂気にも似ている」だが、遠藤周作に言わせればまさに「追いかけても追いかけても会えない男を追い続ける、情熱の物語」と言えるだろう。

主人公と鍵の君が、次の日に欠けてしまう満月よりも、明日のある十四番目の月が好きという会話をしている場面がある。ユーミンの歌にもあったね。叶った瞬間がピークで、後は下降するだけ。

もし千代子が鍵の君と再会して結ばれたとしたら、彼女は鍵の君を愛し続けられただろうか。源也は?大滝は?そして島尾詠子は、あんなにも千代子を羨ましがっただろうか。

千代子は鍵の君との再会を願って、女優の世界に足を踏み入れた。その結果、日本の歴史に名を残すほどの大女優になった。

銀映の下っぱだった立花源也は千代子を追い続けた結果、自分の映像制作会社をたちあげるまでになったし、親が金持ちなだけのチャラ男だった大滝も、おそらく千代子と出会ったことがきっかけで映画監督にまでなった。

島尾詠子も千代子のライバル役として、数多くの作品に出演した。これらはみんな、手の届かない存在を追い続けた結果だと思う。

この物語の最後に千代子がいう台詞にショックを受ける人も多いと聞く。「今までのはなんだったんだ」と。

ただそのラストでさえも、遠藤周作の言うように「愛ではなく情熱の物語」だと捉えると、すんなり受け入れられた。情熱を持って走り続けることのできる人間は、やはり美しいと思う。

千年女優にちなんだ、鍵のネックレスを作ったよ↓


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