マラソンで見たかっこいい人

2010年冬、俺はフルマラソンに初挑戦した。
この1年前から練習を始め月間200キロを走り込み
2度の30キロ走もやり、完走に自信満々で挑んだ。

夜勤明けから24時間後、始発電車に乗り
会場に着くと着替えるために体育館に入った。
館内はガヤガヤしていて友人同士で参加している人の
話し声があちこちから聞こえていた。
一人で来ている俺は少数派のようだった。
そんななか俺の斜め前で痩せた60代ぐらいの男性が
黙々と準備をしていた。
足首、膝などにテーピングをし、ウェアを着て
シューズの紐を入念に確認していた。
ゼッケンを見ると俺よりかなり前でスタートする番号だった。
「その方」は残った荷物を支給された白いビニール袋に入れ
黙って出て行った。

30分後、スタートした。
予定通り最初の10キロを1時間、次の10キロを50分のペースで走り
折り返しを過ぎてしばらくして「その方」がいた。
股関節かどこかが悪いのか、身体の左側を前にして斜めに走っている。
右足が左足の前に出ることがない。視線は左下に向けている。
「この走り方だと大変だろうな」そう感じながら
俺はペースを落とすことなく追い抜いて4時間15分ほどでゴールした。
30キロを過ぎた頃からガクンときたが、どんな天気でも体調でも
10キロ走を欠かさなかった自信がゴールへ導いたのだ。
俺はゴールした快感に包まれながら水分補給をし、ブラブラ歩きながら
他のランナーがゴールする様子を眺めていた。

その後、完走証明とメダルを貰い、体育館に戻ると「その方」も戻っていた。
無事に完走したようでメダルがそばにあった。
既に着替えを半分ぐらい終えており、黙々と作業を続けていた。
その後10分ほどで着替えを終え、ビニール袋を綺麗に折りたたんでリュックにしまうと、すくっと立ち上がった。
それは「紳士」と表現するのに相応しい立ち姿だった。
立った後、周りを見回し、何も残っていないことを確認すると
紳士はその場を静かに離れた。
「かっこいい」と口から出るのを我慢した。

「マラソンがこういう人をつくるのか」
「マラソンの練習がこういう人をつくるのか」
「こういう人だからマラソンをするのか」
それを確認するために、あれから13年後の今も俺は走っている。

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