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トランプの勝利は、予想外ではなかった!? あと知恵バイアスを検証してみる

あと知恵バイアス(Hindsight bias)とは、「過去に起こった出来事について、事前に予測できる根拠がなかったにも関わらず、一度起こった後にはそれを予測していたように解釈してしまう思考の偏り」のことです。 俗に言う、「結果論」「後出しジャンケン」のことです。

今回は、このあと知恵バイアスに関して理論的に説明し、予測能力を向上させる方法を考察しようと思います。

あと知恵バイアスは、私たちの日常にありふれています。

「 あの場面でストレートを投げたら打たれるのはわかっていた。」
「俺は、〇〇社は絶対成功すると思っていた。」


そして私自身、最近あと知恵バイアスを観察する大きな出来事がありました。

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『トランプ氏が大統領になるのはわかっていた。』

あれだけクリントン氏の圧勝ムードの中、まさかの大逆転でした。この意外な結果は、世界中に衝撃を与えたと報じられています。

しかし、1週間以上経った今振り返って見ると、この結果はどれほど「意外なもの」だったんでしょうか?

日本では、彼が当選した直後から面白い現象が起き始めました。

当時はあれほどトランプ氏の悪口を言っていたメディアは途端に都合の良いようにトランプ氏の勝因を指摘し始めました。

トランプ氏のビジネス視点での経済政策に期待
ビジネスマンとしての資質が意外と政治にも役に立つんじゃないか
隠れトランプを見抜けなかった
勝利演説が、意外とまともだった
世論調査がアテにならなかった
現地の状況を捉えられないほどアメリカのメディアは偏っていた
自分はトランプ大統領の誕生についてそれほどネガティブではない
自分がアメリカ国民だったら、トランプに投票していただろう
あのピーター・ティールが支持していたということは、やはり真実だったんじゃないか

挙げてみればキリがないですが、選挙中と比べてトランプ氏に対してポジティブな内容とトランプ氏の勝因に着目するメディアが増えたことは明白でしょう。そして、こういう情報を浴びてると、だんだんとトランプ氏が勝ったのは最もらしい結果のように思えてきます。

ちょうど選挙の一ヶ月前のことです。

私は現在アメリカに住んでいるので、嫌でも周りの話題が大統領選持ちきりになる頃でした。そんな時、日本はどうなっているのだろうと思い、日本のニュース番組を漁ってみたところ、かなり大きなギャップを感じました。

それは、あまりにもトランプ氏が当選することは「絶対ない」ように報道されていたことです。あそこまで言い切ってしまうと、「もし当選した場合、自分たちが恥をかく」リスクをも無視することができるくらい、確信していたのでしょう。メディアのムードはまさに、一発屋芸人を持て囃すかのようでした。

私はアメリカでも保守的なユタ州と超リベラルなサンフランシスコに住んでいたこともあり、いい意味で両極端な価値観に触れていたと思っています。なので、当然アメリカ人の親友の中には白人もいるし、黒人もいるし、移民もいるし、ゲイもいるし、トランプ氏を支持している人もいるし、相当嫌っている人もいました。そんなアメリカでも、非常に偏っていた今回の大統領選についてのメディアですが、日本のメディアもアメリカのメディアと同様に偏っていたのは明白でした。

そこで私は、「もしトランプ氏が勝ったら、日本のメディアはどう対応するんだろう?どうせ、あと知恵バイアスを働かせるんだろう。これは、あと知恵バイアスを観察する良い機会だ」と思い、ツイッターで事前アンケートを取ってみることにしました。

あくまで私が勝手に仮定したことですが、この質問を日本人に聞くことのメリットはいくつかあって、一つ目は、アメリカ大統領選挙についてはある意味「無関心」であるため、既に持っている政治的意見が介入しづらいと言う点です。二つ目は、普通の日本人ならそこまでアメリカのメディアを批判的に見極めて、自分なりの判断をする必要がないため、より日本のメディアの報道を純粋に反映した予想をするだろうという点です。

下が、10月17日に発信したツイートです。

案の定、ヒラリー・クリントン氏の圧勝でした。

私のツイッターでの不人気さと、ツイート設定のミスで(慣れておらず1日で締め切りを設定してしまった)、40票しか集まらなかったのは残念ですが、当時のメディアの様子と合わせて考えてみると、ほとんどの人が「なんだかんだヒラリーが勝つんだろう」と思っていたことでしょう。(これに近い信頼できるデータを知っている人がいたら、是非共有をお願いします...)

そして、トランプ氏当選の1週間後に同じ質問を投げてみました。

下が、11月19日に集計完了したツイートです。


35%の人が「トランプ氏の勝利を予想してた」と答えました。この結果には、どれほどあと知恵バイアスが働いていると言えるのでしょうか?

30%の増加が果たしてどれだけ意味があるものなのかは、比較対象がないので一概には言えなさそうですが、少し楽観的に解釈すれば、結果が出たあとのたった1週間足らずでここまで顕著にあと知恵バイアスが進行している、とも言えます。時間が経過すればするほど、私たちは過去の記憶を忘れ、あと知恵バイアスを補強するストーリーが世の中に蔓延してきます。そしてあと知恵バイアスを補強する要素を無意識に取捨選択するようになるでしょう。これから先、「クリントン氏が勝つと思っていた」と言う人の割合が逆に増えていくことは考えにくいと思います。むしろ、トランプ氏の振る舞いによっては、3ヶ月後、半年後、1年後には「トランプ氏が勝つと思っていた」と答える人の割合は増えるだろうと、理論上推測することができます。今回の結果から、確かにあと知恵バイアスが働いている痕跡が伺えます。

あと知恵バイアスはなぜ起きるのか?

意思決定を専門に研究されている明治大学の友野典男教授がまとめる所によると、あと知恵バイアスが起きる理由には以下の理由があるとされています。(少し私なりに補足してみました。)

1 記憶は不正確である

ヒトは過去に起こったことについては正確には思い出せないのです。トランプ氏が勝利する前の自分の行動や考えていたことを正確に覚えている人は、どれほどいるでしょうか?

2 自尊心の維持

ヒトは基本的に自信過剰です。そして、「気持ちの良いこと」を追求していく生き物です。「自分の判断は間違っていた」と自分を責め続けながら生きていくのは、とても辛いことでしょう。常に自分の下した判断は正しいと思うことで、良好な精神状態を保てるのです。このような視点で見てみると、あと知恵バイアスは人間が生きて行く上でとても便利な機能を果たしているとも言えます。

3 過去と現実の一致性

人間の思考は「現在」を基準にして動いているのであり、自分が過去に考えてきたことと実際に起こったことに差異はないと考えてしまいがちです。おそらくこれは、自分が過去に経験してきた「点」と「点」が現在という点に向かって繋がっていく感覚と似ているでしょう。かつて、スティーブ・ジョブスはスタンフォード大学卒業式のスピーチで「点と点を繋げろ(Connecting the dots)」と言いました。この発言の意図は、「その時その時では将来役に立つかどうか全く予想ができないような出来事ことでも、後になれば必ず役に立ってくる。自分が過去にしたことは、後から振り返ってみて後付けで繋げることしかできないのだ。」ということです。私たちにとっての事実とは、「今」しかないのだから、過去に起こった出来事がまるで今の自分の「現在」を構成するための必要条件であると思うことは、人間にとってとても自然な思考と言えるでしょう。

4 過去での可能性の無視

人間は、過去に「起こらなかったこと」について思考を巡らすことは非常に苦手です。例えばテロリズムが起きた後は、普通警察や政府の対応が報道され、被害はどの程度のものだったかが報道されます。しかし実際は、テロリズムを未然に防ぐためのセキュリティーによって、きっと多くの(テロが起こったら失くなっているであろう)命が奪われることなく守られていることでしょう。平穏な日々の中で、最悪の事態を未然に防いでいる人たちの功績や存在は、実際には起こっていないことなので、実はほとんど認知されることはないのです。つまり、人間は「起こらなかったこと」よりも「起こったこと」の方が気がつきやすいのです。

ではどうすればいいのか?

私は、今回アンケートに答えてくれた人があと知恵バイアスに染まっているからおかしい、と思っているのでは全くなくて、これは誰にでも起こるバイアスだということを主張しています。私自身、トランプ氏が勝つ可能性を見込んでこのアイディアを計画したのにもかかわらず、実際に勝利した瞬間は少し驚きました(つまり完全に予測していたとは言い切れない)。

結局、自分自身のことについて判断する際は、とことん主観と直感で判断するのは全く構わないし、何事にも正確な予想を求めることは強引であると思っています。(直感の正しさを主張している心理学者、Gerd Gigerenzerの『Gut Feeling』を参照します。 )

しかし、今回のあと知恵バイアスを観察して思うのは、私たちの重要な情報源であるメディアや影響力のある立場の人たちは、なるべく中立的な立場で、あくまで客観的な材料を提供することに徹するべきだと思っています。そしてそのあとに判断する受け手の私たちは、とことん主観で決めれば良いと思います。

では、私たちは一生、予測能力を向上させることができないのでしょうか?メディアがこのあと知恵バイアスの存在について十分に理解しない限り、メディアのあり方がすぐに変わる可能性は低いと思うので、情報受信者である私たちから変わるしかないのではないでしょうか。そこで予測の正確性を向上させたい人たちのために、予測と直感力を向上させる方法について少し考察してみたいと思います。

1 後知恵バイアスの認識

まずは、あと知恵バイアスは誰にでも働く、普遍的なものだと自覚して、強く意識することから始めるのが良いでしょう。あと知恵バイアスを認識することによって、未来の自分が意識しないでしてしまう言い訳を事前にできるだけ排除することになります。

2 フィードバック

ダニエル・カーネマンは、かの有名なベストセラー「ファストアンドスロー」で、人の直感の正確性を鍛えるにはフィードバックが重要だと説いています。我々は結果が出た後では過去の予測を忘れてしまいますから、事前に自分の思考回路、理由、判断を記録しておき、結果が起きた後に比較してみる癖をつけてみてはどうでしょうか。木村太郎氏のように公然で堂々と宣言するのはリスクが高いですが、一つの方法でしょう。結果が出る前に、自分の予想をした思考回路を明確にすることで、より正しいフィードバックを得ることができます。たとえ木村太郎氏の予想が外れていたとしても、長期的に見れば大統領選においての予測能力は向上していくはずです。

3 予測可能である特定の場面を区別する

ダニエル・カーネマンによると、予測がある程度効く場面と効かない場面があると言います。そして、練習で自分の予測能力を上げられるかどうかは、その場面場面によって変わってくると言っています。

ある程度固定された環境で、定期的にフィードバックの機会が与えられる場面では、直感による予測は向上の余地があります。例えば、ほとんどのスポーツでは、ある一定のルールが存在していて、「予想が当たったか当たらなかったか」のフィードバックを得やすいです。よって、正しいやり方でフィードバックを得てきた熟年のベテランによる直感の予測は、若手のそれに比べてより正確な場合が多いでしょう。

一方で、「自分の結婚相手を見極める」などの作業は、なかなか定期的にフィードバックが与えられにくく、その時の状況によってルールも変わってくるので、予測するのは難しいと言えます。他にも、「地球滅亡の日を予測する」というような、過去に一度も起きたことがないことを人間が予測するのはなかなか難しいでしょう。残念ながら、こういった状況では予測は難しいので、「そもそも予想なんかできない」という前提に立って判断をしていった方が賢明でしょう。

四年に一度しか行われない大統領選挙は、一定のルールは存在していますが、フィードバックを得る頻度が少ないのでちょうど中間の部類に入るのかもしれません。

このように、フィードバックにおいて重要な考え方に「メタ認知」という考え方があります。メタ認知とは、自分の思考に対して思考する事です。このメタ認知を鍛えることで、少しはあと知恵バイアスを減らして、自分の予測能力を少しでも向上することができるかもしれません。

最後に

バイアスと言うと聞こえが悪いですが、そもそもバイアスを私たちが備えているのはある場面においては何かしらの利便性があったからかもしれないのです。そしてあと知恵バイアスはありふれていて、誰でもしてしまう普遍的な考え方という認識を持った方が良いでしょう。そしてこのバイアスを事前に認識しておくことで、場合によっては自分の予測能力を向上させる余地はあるかもしれません。

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