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利用可能性ヒューリスティック

ノーベル賞受賞のシーズンになると、決まって2002年に認知心理学者のカーネマンがノーベル経済学賞を受賞したことを思い出す。彼の研究に強く影響を受け心理学者になる道を選んだと言ったら言い過ぎになるけど、心理学ってすげーなって思ったのは多分彼の研究について深く知るようになってからだと思う。

そこで、ノーベル経済学賞を獲った彼の理論の中から、利用可能性ヒューリスティックについて紹介したいと思った。

エイモス・トバースキーとダニエル・カーネマン

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(カーネマンは共同研究者のトバースキーがもし亡くなっていなかったら同時に受賞すべきだったろうと言っていた。)

ヒューリスティックとは、ヒトが意思決定する際に使うある一定の法則のことをさす。ある一定の偏りを生むことから、バイアスと呼ばれることもある。

利用可能性とは、簡単に言うと「ある事例を考えようとした時に頭に浮かんできやすい情報」のことを指す。

つまり、利用可能性ヒューリスティック(Availability Heuristic)とは、

「物事の意思決定を下す際に、頭に浮かんできやすい事柄を優先して判断する」傾向のことを言う。

そこで、ツイッターを使ってこの利用可能性ヒューリスティックを検証して見ることにした。

歯科医院、コンビニ、美容院、日本全国で一番多いのはどれか?

と言う質問をしたらどうだろう。

「普通の人ならコンビニに一番よく行くはずだからコンビニと答えるはずだ」と仮説を立てた。

結果は以下の通り。

一応念のためコンビニが一番人気かどうかも調べた。

予想通り、コンビニが一番よく行く場所で、一番行かない場所は美容院だと答える人が大半だった。

けれど、僕が本当に知りたかったことは、この質問に対しての直感による意思決定が正しいのかどうかと言うことにある。

調べて見ると、

コンビニの数は3万5096件

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歯科医院は、6万8千件

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美容院は、22万3千件 (理容所を足すと30万件を有に越す)

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なんと、一番回答数の少なかった


美容院>歯科診療所>コンビニ


が正しい結果となった。

ちなみにこのブログをアップした際にもう一度追試をしたところ、ほぼ同じ結果が得られた。



利用可能性ヒューリスティックを含め、様々な認知バイアスは、一般的に次のことを教えてくれると思っている。

直感はこれほどまでに予想通りに豪快に間違えを犯す。

現実的には美容院の方がコンビニの三倍以上の数があるにもかかわらず、おそらく普通の人ならコンビニと答えてしまう。それは、明らかにコンビニの方がより頻繁に行くし、道端で「セブンイレブン」「ミニストップ」「ローソン」などの広告をある特定の美容院よりも見聞きするから、無意識のうちに「よく見かけるから多いに違いない」と脳が判断してしまう(正しくは、コンビニを見つけるように無意識に情報を取捨選択している)。現実とはここまで大きく隔たりがあり、数字的には理解できても「そんなはずはない」と思っていまう自分がいる。経済産業省ちゃんと調査したの?と疑ってしまう自分がいる。たとえ答えを知っていて正解したとしても、感覚的には妙な差が抜けない。それほど、この考え方の癖は我々から簡単には抜けないものになっている。

昔、友人と議論していた時「自分の意見の方が正しい。なぜなら、そう言う場合を自分の周りで最も多く見るから。自分の周りで多く起こることなら、統計的にも多いに違いないだろう。」と言われたことがある。けれど、その主張は完全に間違っていたことが利用可能性ヒューリスティックによって説明できる。自分の身の回りに頻繁に起こることが、必ずしも現実世界を正確に反映しているとは限らないからだ。嘘だと思うなら、日本全国津々浦々、美容院の数を数えて見よう。

統計的・客観的な考え方は生得的なものではない。

カーネマンが言う通り、ヒューリスティックのような直感的な考え方は、システム1と呼ばれる。ヒトは生まれながらにして実に便利なスキルを色々備えている。

例えば、赤ん坊にレモン汁を吸わせたら、嫌悪の表情をする。嫌悪には「有害なものを取り除く」という機能がある。危険なもの感じた時に周りの人に瞬時にこのことを知らせることができるのは、ものすごく便利なのことだ。

車に轢かれそうになった時に、「うーん、この物体は危険なのかな。重さはいくらあってスピードはどれくらい出ていて 、当たった時の衝撃は...」などど考えている暇はない。恐怖という感情が、危険から回避するために足に大量の血流を瞬時に送って、車を避けさせてくれる。このような脳の仕組みを備えていない種族は、簡単に死んでしまって今まで生き延びていなかったのだろう。

利用可能性ヒューリスティックも、このようなシステム1の部類に入る。きっと、大昔の限定した小さな村でしか生きる必要のなかった人間にとって、このように物事を簡略化する考え方を備えていた方がずっと有利だったのだろう。物事を簡略化するステレオタイプも、同じ部類にはいる。ヒューリスティックは、世の中をより簡単に、より単純に理解していこうとする考え方だとも言える。

しかし最大のジレンマは、私たちはそのような大昔のような単純な世界にはもう生きていないと言うことだ。とても賢い人たちが、テクノロジーを生み出し、統計学を生み出し、昔よりもずっと多くのことを正確に知る方法を発明してしまった。バイアスというと聞こえが悪いかもしれないけど、人間という種族が長年培ってきた便利な考え方が、たまたまここ数千年の間に少数の人間によって作られた複雑な現代社会に、上手く適応できていないだけなのかもしれない。

カーネマンや多くの心理学者が発見した色々なバイアスや人間の思考方法を知って行くと、もう少し慎重に物事を考えようという気になる。

美容院の方がコンビニよりも多いのかもしれないのだから。

出典:

経済産業省の商業統計調査

厚生労働省の衛生行政報告書(生活衛生関係)

厚生労働省の医療施設調査

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