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TRPGガイダンス:TRPGにおける笑い

 笑い。
 それはTRPGには欠かせないものである。
 そして、TRPGの場には常に笑いが満ちあふれている。
 では、笑いとは何であろうか?
 どのようなものが、TRPGにおける笑いであり、それはどのようにコントロールされるべきなのであろうか?
 本稿ではGMとプレイヤーの両側面から、笑いについて考えてみることにしよう。

●人はなぜ笑うのか

 かの偉大なる哲学者エマニュエル・カントは笑いを『緊張からの解放』であると定義した(注1)。人は、緊張から解放された時に笑うのである。

 これは少なくとも一面の真実であることを私たちは知っている。

 私たちは笑うことで、日々の真面目くさった世界から解放され、自由になる。笑っているとき、人は一瞬、苦悩から解き放たれるのである。

●緊張状態における笑い


 過酷な冒険の中で、人は笑いなしに生きることができない。

 多くのPCたちが戦闘時、あるいは怪異に遭遇した時にジョークを口にするのは、決して彼らが不謹慎で不真面目な人間だからではない――まったく逆だ。

 死を日常とする異常な状況において、自分がまだ人間であることを確認し、これが異常な状態であることを笑い飛ばして精神の平衡を保つのは、兵士や警察官、消防士などの職業においては、必要不可欠な技術なのである。

 これは筆者がフィクションで口にしているのではない。阪神淡路大震災でも、東日本大震災でも、あるいは3.11のテロ現場でも、救助に赴いた人々はジョークを(外部の人間にはとても聞かせられない類いの)を口にし、精神の平衡を保っていた、という証言が得られている(注2)。

 人は緊張し続けることは出来ない。カントが言う通り、緊張から解放されるためには、緊張行動そのものを笑い飛ばすことが必要で(注3)、それは勇気や人間性の発露なのだ。

 つまり、あなたがセッション中に、それもシリアス極まる戦闘の中で笑いたくなったとしても、それはおかしなことではない。人間とはそうしたものなのである。

■面白く話すためのコツ


 まず、面白く話すためのコツについて解説しよう――オンラインセッションにおいては適用出来ない部分もあるが、そこについては適宜読み換えていただきたい。

 人はどんな状況であなたの話を聞くのだろうか。

 第一に、「私に向かって話してくれているのだ」と感じさせることである。そのために必要なのは、まず姿勢と視線だ。手元のルールブックやキャラクターシートを見ながらではいけない。相手のほうを見てきちんと話すのである。

 次に、聞き取りやすく話すことである。どんなに面白い、聞いただけでドイツ兵が即死する必殺のジョークであったとしても、聞き取れなければまったく意味はない(注4)。

 聞き取りやすく話すコツは、大きく口を開けて、ゆっくりと話すことだ。早口でぽんぽんぽんぽんとまくし立てる人気者のコメディアンのことは忘れよう!

 彼らはプロで、専門の訓練をしているのだ。新米冒険者がゴブリン退治から始めるように(注5)、我々もまずは初歩から始めよう。

 ゆっくりと、の定義はいろいろとあるが、TVのアナウンサーくらいの速度、を心がけてみるといい。

 実際にアニメの(注6)セリフを、画面にあわせて話してみる、でもいい。あなたが思っているより遅いはずだ。

 ゆっくり話すことの効用はいくつもあるが、まず噛まず、つっかえないことだ。どんなに面白い冗談であっても、噛んだりつっかえたりすると、面白さは半減してしまう。ゆっくり、はっきり口を開けて話そう。

 最後に、自分の冗談で笑わないことだ!

 上手なコメディアンや落語家は、自分自身は真面目な顔をしてすさまじくくだらないことを口にしてみせる。そこの落差が面白さにつながるのだ。

 また、自分の冗談を面白く思っていないかのように見えることで、うぬぼれの感情も消える。その上で、もちろんTRPGなのだから、楽しそうにしていることは大事だ。その場では楽しむが、自分の冗談では笑わない。これがコツだ。

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ここに突然エビの写真が入る。意図は何かあるのだろうか。何もない。こういうシュール系のギャグは、あまりTRPG向けではない。

■ボケとツッコミ

 あなたが漫才に詳しくなくても、ボケとツッコミ、という言葉は聞いたことがあるだろう。

●ボケ

 ボケ、とは、ある状況に対して面白いことをいう、行うことである。想定されていないはずの反応がボケによって引き出された時に、面白みがあるのである。

 たとえば、下駄箱の中にラブレターが入っている、という状況(これをフリ、という)に対して、『フルメタル・パニック!』の主人公、アフガン帰りの高校生傭兵・相良宗介が「爆弾テロだ!」と考えるのが、ボケである(注7)。

 ボケ、というのは狂気ではない。当人の中では一貫性があったり、道理が通っているほうがボケとしては筋が通り、そこにおかしみが生まれる。

 宗介は何もおかしなことをしていない。彼は兵士であり、その生活の中で、開閉可能な箱に何かが入れられていたらまず爆弾を疑うのだ。

 だが、それが平和な日本の高校に持ちこまれるところに落差が生まれる。これがボケの肝である。

 かのショーペンハウエルは(注8)「笑いとは概念と、そこから関連して発想された出来事が不一致であり、その落差が大きいほど笑いが大きくなる」と述べた。まさに、「下駄箱のラブレター」と「爆弾」は、その不一致によって産まれる落差が笑いを生み出しているのである。

 ボケる時に注意しなければならないのは、ほとほどでやめることである。ハリセンで叩かれたら、そこで深追いせずにやめること。

 何故なら、ある状況に対してボケ続けると、単にセッションが止まってしまうからである。セッションが主で、笑いは従である――もちろん単に、同じネタを繰り返すとあきられる、というのもある。

●ツッコミ


 ツッコミとはリアクションである。ラブレターを爆弾と勘違いした宗介をハリセンでどつくのがツッコミである。
 ツッコミ不在のボケは成立しにくい(不在の場合については後に述べる)。テンポのよいツッコミは、ボケを際立たせる。田中天氏のボケが際立つのは、矢野俊策氏のツッコミあってのものなのだ。
 ツッコミの原則は、視聴者の視点を代弁することである。まあ、視聴者も何もないわけだが、世界の常識に引きずり戻すことで「ここが笑いどころだ」と示すのがツッコミの基本だ。
 難しいのは、ツッコミは単なる「ヤボな指摘」になりがちなことである。また、ツッコミそのものはボケよりも笑いが取りにくい。この点を考えつつ、「どうやるとこのボケがさらに面白くなるか」という視点から切り込むと、よいツッコミが出来る。
 テンポよくやろう!

●ノリツッコミ

 ノリツッコミはより高度なツッコミである。つまり、ボケに対して一度乗ってみせ、その後で自分で突っ込むのである。

 たとえば、このような具合だ。

 逃げ出した猫は、リオフレード魔法学院の禁書庫に入っていった。
 禁書庫には厳重な封印が施されている。風紀委員長アイゼル・メル・ユーンは生徒会長ルイ・シャルルにこのように告げた。
アイゼル「このままでは猫ちゃんが禁書庫の中で飢え死にしてしまう。やむを得ん。時空振動弾で禁書庫を木っ端微塵に……」
ルイ・シャルル「なるほどよし、時空振動弾だな。さっそく生徒会室から持って……なんでそうなるんだ! 普通に扉から入ればよかろうが!」
アイゼル「ああそうか。すまん。猫ちゃんのことになると私は理性がなくなるんだ」

 ここで、ルイ・シャルルはアイゼルの「時空振動弾で木っ端微塵に」というボケに一度乗ってみせ、そこに自分で突っ込んで見せている。

 これは、ツッコミの「単体で笑いがとりにくい」という問題をカバーしやすい芸である。半面、自分の中でボケとツッコミが完結するため、周りのリアクションがとりにくい。

 キモになるのは「……なんでそうなるんだ!」までの間である。ここをきちんと取ると、ボケ部分とツッコミ部分の差が際立ち、笑いが発生する。

 ノリツッコミに限らないが、笑いには、それを理解するための「時間」が必要である。

 優れたコメディアンはかならず、聴衆が笑いを理解するための「間」を取っている。一瞬間を置き、虚をついて、意識の空白に笑いを送り込むのだ。

●セルフツッコミ

 自分のボケに自分で突っ込むのをセルフツッコミと呼ぶ。

 セルフツッコミはあまりTRPGの場においてはおすすめしない。単純に会話が完全に自分の中で完結しているからである。

 また、自分のボケに突っ込む、というのは我々素人がやると、照れ隠しになりやすい。照れているところに笑いは生まれない。堂々と面白いことを言おう。

 もしツッコマれなかったら? まあそういうこともある。その場合はさっさと流してしまおう。ウケなかった冗談を引っ張らない、気にしないのが楽しむコツだ!

●Wボケ

 ボケに対してボケをかぶせるのがWボケである。

 TRPGの実際のセッションではWボケが多くなりやすい。面白いことに面白いことをかぶせたほうが、笑いが相乗効果で共鳴して面白くなっていくからである。

 注意したいのは、Wボケ状態の場合、セッションそのものの空気を破壊しかねないからである。冷静になり、止めるべきところでは止めよう。また、相手のボケを上回ろうとするあまり、訳のわからないことにならないよう注意すること。
▼Wボケの応用
 Wボケに対して、一見ツッコンでいると見せて、ツッコミの側のほうがさらにおかしなことを言っている、というテクニックも存在する。

 これはGM側がやったほうが効果的な切り返しである。理由は言うまでもない。単にツッコミからボケに持ちこむだけで自分のPCを奇人変人にしていたら、PCがいくらいても足りないからである。

■冗談の文脈(コンテクスト)

 ほぼすべての冗談には、それに根ざした言語的・文化的な文脈が存在する。これをコンテクストと呼ぶ。
 

 これの例外は、一発芸や珍芸と呼ばれるものだ。「ステテコ踊り」「アジャパー」「ハラホロヒレハレ」といったみんな大好きな冗談は、言葉がわからなくても面白い。赤ん坊になって喜んでもらえるだろう。

 だが、そうでない冗談は、何らかの文脈を要求する。

 先ほどの「ステテコ踊り」「アジャパー」「ハラホロヒレハレ」“みんな大好き”と書くのは、読者が、この3つは明治・昭和20年代・昭和30年代のギャグであることを知っており、「そんな古いギャグわかんねえよ! ペンパイナッポーアッポーペンとかにしとけよ!」と返してくるツッコミを期待しているのだ(注10)。

 今、あなたは「こいつ何を言ってるんだろう」と思ったのではないか。

 その通り。突然「ステテコ踊り」と言われて分かるような読者はまずいないのである。つまりこれがコンテクストが通じないでスベった冗談だ(注11)。

 要するに、これがコンテクストだ。

 その冗談が何故面白いのかには、かならず理由がある。

 コンテクストは狭いほど面白い。身内をネタにしたギャグが面白い理由である。

 そして、コンテクストを共有していない人間にとっては驚くほど面白くないのである。コンベンションや、オンラインのオープンプレイなどで、身内ギャグが嫌われる理由だ。

 もちろん身内ギャグに限らない。『機動武闘伝Gガンダム』を知らない人に東方不敗マスター・アジア(そういう人がいるのだ)をネタにしてもしょうがないのである。

 わかりやすく言うと、「相手が何がおもしろいのかわかる冗談を心がけよう」ということである。

●冗談を解説しない

 冗談を解説したくなることはある。私にもある。というより先ほど解説したわけだ。

 だが、冗談を解説するほどつまらないことはない。筆者はそれを覚悟して身を切る思いでやっているのである。

 相手が首をかしげていたら、「しまったスベった」と考えて、以降はそのネタに拘泥しないことである。もちろん、説明を求められたら話は別だ。簡潔に説明し、「わからないネタですまない」と謝って終わろう。

 間違っても、Gガンダム全49話について語りまくれ、という話ではない!

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■不適切な冗談

 受けない冗談以上に、人を不快にさせる冗談というのは存在する。これはまず覚えておくべきだ。

 他人を不快にさせてしまったとき、「冗談だよ怒るなよ」というのは成立しない。相手を怒らせるだけである。

 なぜなら、あなたが「この不快な冗談はコンテクストとして共有され面白いはずだ」と思って口にした、という事実は消えないからだ。

 きちんと、「冗談のつもりだったが不快にさせてしまって申し訳ない。以降、反省して慎む」と謝ろう。この人は冗談だと思って次もやる、というのはもっとも忌むべきことである。

 同様に、「愛があるから大丈夫」という言い訳もある。これもおかしい。愛があれば配偶者にDVを振るってもいい、というのと同じで、愛があったら何をしてもいい、などということは絶対にない。動機ではなく結果が問題なのだ。

 また、「いじられておいしかったからいいでしょ」という言い訳は絶対に避けたい。

 これが成立するのは、「いじられてウケが取れることでギャラが増える」プロの芸人だけである。プロの芸人なら、熱湯風呂に落とされようが暴言を吐かれようが、次にTVに呼ばれて金がもらえるから許容される。

 これはTRPGリプレイについても同じである。リプレイに出演しているのはプロであり、笑いのコンテクストを共有している。だから、リプレイで行われている冗談であっても、それが滑った時にはすなおに謝ろう。リプレイでやってるからこれくらいはいい、とはならないのだ(注12)。

 我々はコメディアンではない(注13)。不快になってまでウケを取らねばならない理由はない。

 では、いくつか不適切になりやすいジョークの例を見ていこう。

●下げるジョーク

 TRPGの場でよくあるのが、他人のゲーム的なデータをいじったつもりが、単なる悪口になってしまう事例である。

 ファンブルなどのダイス目を笑う、低い能力値を笑う、などである。サポートに特化したキャラクターを「回復マシン」と呼んだり、攻撃に特化したキャラクターを「要介護」と呼んだりするのもそうだ。

 言っている側は親愛の表明のつもりかもしれないが、言われた側が不快になることはもちろんある。なるべく下げないようにしよう。

●性的なジョーク

 性的な冗談は、盛り上がるとついやってしまいがちなものである。とくに顔の見えないオンラインのテキストチャットなどではそうなりがちだ。

 単なるセクシャル・ハラスメントはもちろん、ネットに氾濫しているアダルトビデオや成人向け同人誌をネタにした冗談などに注意したい。最悪なのは、他者のなんでもない発言をそうした性的なものだと解釈して、そうしたジョークにつなげるものである。

 本稿の品位を一応維持したいのでここで止めるが、きわどい発言には注意したい。

●民族的ジョーク

 民族や国家、地域などを扱ったジョークはとにかく避けること。理由は言うまでもないだろう。ネタにされた側が笑ってすませてくれることはまずないからだ。

 もしあなたが「そんなこといっても、●●人がこういう人間なのは事実だろう」と思ったなら要注意だ。あなたはジョークを真に受けすぎている。

 どうしても訴えたい政治的主張や芸術的な内容があるなら、セッションの後に別のしかるべき場所でやることだ。

●場違いな笑い

 場違いなことを言う面白さ、というのはある。

 たとえば、PC①とライバルが血みどろの戦場で決戦をするその瞬間に、「ちんぴょろすぽーん!」と叫んで全裸になって走り去る、というような行動(注14)である。

 だがそれは、現実の虚飾を厳しく糾弾する類いの笑いではなく、単なるセッションの妨害である。受けるにしてもやめよう。

●ルーニーな笑い

 やってはいけないことをやる、というのを『ルーニー』と呼ぶことがある。

 たとえば、目の前に時限爆弾のスイッチがあれば押してみる、厳粛な演説をしている司令官にパイをぶつけてみる、という類いの行動だ。

 もちろんそれが面白く許容されるTRPGもあるが、多くのTRPGはそうではない。注目を集めるために幼児的な行動を取るのはやめておこう。

 また、再三の繰り返しになるが「僕のプレイスタイルはルーニーだから」は、他のプレイスタイルがそうであるように、人に迷惑をかける言い訳にはならない。

■オチをつける

 長々と述べてみたが、あくまで大事なのはあなたと私が楽しむことだ。

 別に面白い冗談など言わなくても、ダイス目に一喜一憂するだけでTRPGは楽しめることは言うまでもない。

 また、どれほどどぎついジョークであっても、そこに参加している人間全員が楽しめているなら、別に問題にはならない。

 筆者もカジュアルプレイ中は、『空飛ぶモンティ・パイソン』系のブラックジョークをひたすら飛ばしている。

 だからもちろん、あなたの冗談は面白くなくてもいい。これは本当だ。結局のところ笑いは、シナリオのクリアやロールプレイに対する副次的なものだからだ。

 ここに書かれていることはすべて忘れて構わない。あなたはグランプリを目指す漫才師ではないはずだからだ(もしそうだった場合は、是非TRPGを持ちネタにした人気漫才師を目指して頂きたい)。

 面白いことは強要して言わされるものではない。あくまであなたと、あなたの仲間たちがセッションを心から楽しんでいる時に、心の底から出てきた言葉。

 それが本当に、全員を笑顔にするものなのだから。

■参考資料

圓生古典落語(三遊亭圓生/集英社)
機動武闘伝Gガンダム(バンダイビジュアル)
サルまん サルでも描けるまんが教室 21世紀愛蔵版(相原コージ・竹熊健太郎/小学館)
スター・ウォーズ(ルーカスフィルム)
空飛ぶモンティ・パイソン(ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)
ダブルクロス・リプレイ 闇に降る雪(菊池たけし/富士見書房)
フルメタル・パニック!(賀東招二/富士見書房)
べしゃり暮らし(森田まさのり/集英社)
ムジナ(相原コージ/小学館)
寄席芸人伝(古谷三敏/中央公論社)
笑いの発生メカニズム(柴原直樹/近畿大学,2018)


注1:そして筆者はこの発言の出典を見つけられなかったことを告白する。さすがにカントの著書を読み直す気力はないので、「一般的にカントがこう言ったとされている」ということで今回はご勘弁願いたい(noteの記事なので……)。

注2:そして出典となる資料がどこかに行ってしまった……。どこだったかなあ……。

注3:ショーペンハウエルだったかもしれない。まあどちらも哲学者だから同じようなもんだね(そんなことはない)。

注4:聞き取れないことが冗談として成立する『スター・ウォーズ』のR2-D2のような例もあるが、ひとまず置く。

注5:本当にゴブリン退治が適当なのか? というところについてはいろいろ思うところもあるので、そのうち論じてみたい。

注6:『BORUTO』『Fate Grand/Order』『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』などがおすすめだ。

注7:ここは書き改めようかと思ったが『フルメタル・パニック!』が最高なので、フルメタを引用した。興味を持たれた方は是非小説を読もう。

注8:カントだったかもしれない。まあどちらも哲学者だから同じようなもんだね(注9)。

注9:この一連のギャグは「何だか難しそうなことを言っているが発言者もよくわかっていない」という、カントもショーペンハウエルも分からない読者にでも流れで笑わせる、というボケの一種である。
 『イッツ・ケイム・レイト・レイト・レイト・ショウ』のサプリメント『レイトショウJ 深夜三流俗悪アニメの逆襲!!』から引用したギャグであることをお断りしておく。

注10:もちろんこのツッコミは、「それはそれでもう古いよ!」というツッコミを期待したボケである。

注11:コンテクストを理解できていたとしてもつまらないだろうそれ、という発言については、コメントを控えたい。

注12:もちろんその上で我々は最大限、真似して困る冗談を削って――いやもとい、きちんと自制している。

注13:念のために述べるが、コメディアンはTRPGをするな、と言いたいわけではない。

注14:あなたが『ムジナ』のファンならこれで泣かせられると考えるかもしれないが、あれをやるのは全員が『ムジナ』を読んでコンテクストを共有していないとまず無理だ。

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