TRPGガイダンス:セッションの手間ひま
TRPGのセッションに手間をかけたほうがよいか、という問いがある。
ビッグバン以前から“宿命(フェイト)”と“偶然(チャンス)”によって語られ続けた問いである。
すなわち、スカアルの太鼓が打ち鳴らされるより前、ムングがムングであるよりも昔から、我々は「セッションは手間をかけたほうが面白いのではないか」という問いと戦ってきたのである。
ところで何を言いだしたのかわからない人は『ペガーナの神々(ハヤカワ文庫)』(注1)を読んでいただきたい。
無論、この後の話とは何も関係しない。
■そもそも手間とは何なのか
さて、そもそも手間とは何であるのか。
TRPGにおいて“ゲームマスターの手間”が語られる時、指しているものはいくつかある。
まず、それを整理し、分類することにしよう。
なお、実際のセッション(注2)における“マスタリング”そのものについては一旦脇にどけてプリプレイレベルで想定しなければならない、いわば“会戦前の用兵”についてのみ語るものとすることをお断りしておく。
①ルールブックや用具を準備する
TRPGをプレイするにはルールブック(注3)が必要である。
また、ダイスや筆記用具の準備も必要だ。
②シナリオを準備する
ほとんどの(注4)TRPGをプレイするには、シナリオが必要である。
他記事でも触れたが、シナリオを(メモ書き程度でも)準備するためにはそれなりの手間がかかる。
筆者の場合であれば、単なるメモ書きレベルのシナリオの作成に(注5)は4~6時間が必要となる。
製品レベルのシナリオ、つまり皆さんがご覧になっている8~12p程度のシナリオの初稿となると、3~5日が必要(注6)だ。
③会場を整える
セッションの会場の手配、連絡などが必要である。時間設定なども行なう必要があるだろう。
オンラインセッションの場合は、どのクライアントを用いるか(あるいは用いないか)、どのような手段でチャットを行なうかが問われねばならない。
④グラフィックやサウンドを用意する
それがオンラインかオフラインであるかを問わず、NPCや背景を示す美しいイラストや、ゲームを彩るBGMはあればあっただけ盛り上がる。
これはもう果てしなく凝れる。
2メートルもあろうかというドラゴンのジオラマ、演出と完全に同期したBGMを持つバーチャル空間の雑踏、ただNPCのセリフを言うために呼んできた声優、もうなんでもよろしい。
⑤補給の確立
飲み物やおやつ、プレイ時間によっては食事の確保について、GMはある程度考えておく必要がある。
まあ、オンラインの場合はオフラインよりは考えることが減るが、それでも脳裏に入れておいて損はない。
プレイヤーの補給行動が三々五々になるとそれだけプレイ時間は損なわれるわけで、いつ休憩を取るか、どこに店舗があるか、何が会場に持ち込めるか、等々については考えねばならない。
プレイヤーに喫煙者がいたり、定期的な服薬が必要であったり、育児中であったりする場合は、それらへの配慮も必要となるであろう。
●手間をかけることによる快感
ここまでの文章でわかったかもしれないが、手間をかけるのは楽しい。
大変に楽しい。
セッション前日にひたすらプレイヤーの驚く顔を期待してミニチュアを塗るのは楽しい。
あれこれとフルカラーのマップを買いそろえるのは楽しい。
NPCの立ち絵を用意するのは楽しい。
BGMを大量に叩き込んだサウンドトラックを作るのは楽しい(注7)。
プレイヤーの好きそうなおやつを買いそろえたり紅茶の茶葉を揃えるのは楽しい。
全員の交通ルートを把握して最良の会場を手配するのは楽しい。
近所のレストランを予約しておくのは楽しい。
部屋を掃除するのだって友達が遊びに来ると思えば楽しい。
もちろんシナリオを書くのも楽しいし、テストプレイも楽しいし、NPCの設定を考えるのも楽しい!
いや本当に楽しい。
もういくらだって手間を掛けられる。
この原稿を書いているだけでウキウキしてくるほどだ。
どれだけでも、みんなが喜ぶ顔のために準備をすることができる!
……と、このように。
手間をかけることは楽しいし、人から尊敬されて嬉しい。
いいこと尽くめである。
さあ無限に手間をかけよう!!!
……というわけにはいかない。
筆者にも生活があるからだ。
※準備中の惨状。これは『カオスフレア』用の立体マップ。
■どのように省力化がなされるか
あらゆる分野において手間をかけ続けるのは現実的ではない。どれだけ手間をかけても、見切りをつけなければならないことはある。
あなたがどれだけTRPGにコストをかけられるか? 次のセッションはいつなのか? という問題もあるし、あなたが「こんなに手間をかけたのに報われなかったなあ」と燃え尽き症候群になってしまっても困る。少なくとも、私はとても哀しい。
というわけで、現実的にはかけられる手間はかける、無理なことはやらない、ということになる。
①ルールブックや用具を準備する
GMのルールブックは必要だ(もちろんサークルで共同購入する手もある)。
筆記用具などの準備はプレイヤーに手分けしてやってもらおう。まあ、その上で忘れてくる人は必ずいるので、予備はテーブルにあったほうがよいのは確かだが……。
②シナリオを準備する
市販のシナリオを購入してもよいし、サイトなどで有志が配布しているシナリオを用いてもよいだろう。また、シナリオクラフトなどを用いてシナリオを半自動生成することもできる。
ところで、『Role&Roll』誌には『異界戦記カオスフレアSC』を始めとして、面白いシナリオが目白押しだ。『ゲーマーズ・フィールド』誌ともども、買うとよいのではないだろうか。
③会場を整える
これは他の参加者に手伝ってもらうことが可能だ。
とはいえ丸投げはできない……何時間かかるか、何人参加者が必要か、いつならあなたの日程が取れるか、あたりはあなたが決めねばならないからだ。そのあたりまでまとまれば、友達に投げてしまってもよいだろう。
なお、「誰が何をやるか」はきちんと決めておいたほうがよい。そうしないと、「あれっ、それについてはキミがやると思っていたんだ」というお見合いが発生しかねないからだ。
このあたりはプレイグループごとにいいようにやるといいだろう。
④グラフィックやサウンドを用意する
これについては無理はするな、出来る範囲でやれ、と言うほかない。
筆者の場合、オンラインでのプレイはデフォルトの『ココフォリア』に、無料のCGを貼り付けたコマを用いる程度である。立ち絵も背景も使っていない。テーブルの上でミニチュアを動かす感覚が好きだ、というのもあるが、かけられる手間の限度もある。
そんなものである。
⑤補給の確立
これについては③と同じである。
GMであるあなた(あるいは参加者の誰か)に過大な精神的・金銭的負担がかからないようにしよう。もちろん、やりたがっている人がいるなら話は別だ。そういう人はいる。筆者はそうである。
●金で解決する
身も蓋もない話をするが、金をかければ突破出来る問題はいくらでもある。人数分のルールブックをGMが揃えたり、彩色済みのミニチュアを並べたり、イラストを発注したり……等々。
実例を挙げるとキリがないが、実のところかなりの部分の手間は金で解決する。あなたにある程度の予算があれば、ゲームデザイナーを雇ってあなただけのTRPGを作らせることだって可能だ――!(注8)
これについては、あなたのサイフの許す限り、としか言いようがない。
金をかけることは悪いことではないし、といって金をかけないからといって責められる言われもない。
ただ、そういう選択肢もある、というのを覚えておくのは悪いことではない。金で手間を軽減するのも立派なテクニックだ。逆に、金をかけずに手間をかけてもいいし、「こんなものでいいや」とどちらもほどほどにするも間違った選択肢ではない。
■強要しない、無理をしない
いろいろと述べてきたが、一番大事なのは、あなたがプレイヤーであるなら、GMに手間(ないし出費)を強要しないことだ。
なるべくあなたもゲームに参加するためのコストを分かち合ったほうがよいし、GMが手間をかけられなかったとしても責めずにまあしょうがないな、という顔をしよう。GMはよくやってくれている。そうだろう?
それでも「もっと手間をかけるべきだ!」と思うならどうすればいいか? もちろん、キミが実例を示して素晴らしいゲームマスターをやればいいのだ!
そしてあなたがGMであるなら、他人と引き比べて落ち込まないことだ。まあ気持ちはわかる。筆者も「たまには凝った電子ジオラマを組んだオンセをやったほうがいいのか?」と考えてしまうことはある。
だがまあ、やれる範囲でやるしかないのだ。
TRPGは趣味だ。
仕事ではない。極めなければならない道でもない。
そこで無理をする必要はどこにもない。必要なだけの手間をかければいい。可能な範囲で努力すればいい。
そうしていれば、やがてあなたにあった省力化の方法も見えてくるし、「ここは手間をかけられるな」というのもわかってくる。その手伝いは、我々プロフェッショナルがやる。
あなたと、あなたのプレイは必ず上手く行く。苦労するのは、我々の仕事だ。よい休日を!!
注1:アイルランドの偉大なる詩人、ロード・ダンセイニによって書かれたこの創作神話は、H.P.ラヴクラフトやJ.R.R.トールキンなどに強い影響を与えた。現在流行の「我々の世界はアザトースの夢である」というのも、ラヴクラフトの書いたことではなく、『ペガーナの神々』におけるマアナ=ユウド=スウシャイの夢から着想されたものであろう。
ラヴクラフトが好きな人なら必ずダンセイニは気に入るはずだ。是非手に取っていただきたい。
もちろんこの項とは何の関係もない。
注2:実際のセッションにおけるトラブル・アドリブについて列挙していると可能性が飽和するためである。他の稿で論じているのでそちらを参照していただきたい。
注3:実際にはPDFなどの電子媒体でもあることもあるだろうが、ここでは“本”と定義する。
注4:“シナリオクラフト”や『フィアスコ』などのいわゆるナラティブ型TRPGにおいては、よりエチュード的な、即興劇によるセッションが行なわれる。
また、『蓬莱学園の探検!!』五話のような自立生成型シナリオ、『ソードワールド2.0』シリーズのようなマスターレス型サプリメントにおいても、シナリオを用意せずシステムに委ねる型式のプレイが可能である。すべてを列挙するのは困難であるため概略に留めるが、必ずしも「TRPGにはシナリオが必要だ」とは言い切れない。
が、ここではひとまず、「必要である」として論を進めることをお許しいただきたい。
注5:アイデアを出したり部屋の中をうろうろしたり『PUI PUI モルカー』を見て現実逃避する時間を含めて。
注6:一般的な商業ライターの平均的執筆速度は10kb/日と言われている。
B5サイズのTRPGシナリオ10pは文章量だけで30~33kbに相当するので、おおむねこのような速度になる。無論、これには「詰まる」という概念を含んでいないため、実際にはバッファが必要になる。
無論、初稿脱稿後にはテストプレイ、イラスト発注、DTPへの流し込み、DTPを反映しての削りなどの作業が発生するが、それはまた別の工程である。
なおこれは“平均”なので、平均値がより速いライターも存在するし、最大瞬間風速では筆者も半日レベルで脱稿できることもある。ただし、15年での平均値はおおむねこのようなものなのだ。
注7:筆者はオンラインでBGMを使うことはなく、もっぱらオフラインである。『メタリックガーディアン』用に古今東西のロボットアニメのサントラはほぼかき集めた。
注8:『レッドドラゴン(三田誠/星海社)』を参照。
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