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4/7「菜の花」 花言葉:前向き



「菜の花」




花言葉:前向き




「ふふふ、ゆうべはお楽しみでしたね」
「いや、その言葉の使い方は間違っているぞ」
月曜日の放課後。
先週の金曜までは一人で歩いていたこの川沿いの土手の上を歩く帰り道も、今は二人だ。
「えー! 昨日は映画行って、お買い物もして、とっても楽しかったじゃないですか!」
隣を歩く女、香菜が半歩前に進んで俺の顔を見る。
金曜まではただの部活の後輩だったこの女子も、あいつの決死の覚悟とやらで、今はまぁ、その、あれだ。
「楽しんでたのはお前だけだろ」
俺はぶっきらぼうに香菜のいる方と反対側を向く。
土手には満開の菜の花が一面に咲いている。
特別な歴史も名勝もない、ただのベッドタウンであるわが町の数少ない名所の一つだ。
「先輩は、」
いつの間にか歩みを緩めていたのだろう、俺のやや斜め後ろから香菜の声がする。
「昨日の、は、初デート、楽しくなかったですか・・・?」
自分で言うのも恥ずかしいが、俺がいくらそっけなく接してもずっと絡んできた香菜の珍しく弱気な声に、俺は振り向いて香菜の顔を見た。
香菜は川の方、土手の菜の花を眺めている。いや、もしかしたら俯いているだけか。
普段はあれだけぐいぐい内角を攻めてくるのに、というか最早デッドボールを当ててくるのに、時折弱気な顔を覗かせる。
「そんなギャップが、この美少女の魅力だ」
「いや、何勝手に人のモノローグ付け足してんの。っていうか自分で美少女って言うなし」
「でも、客観的に見て、上の中ぐらいはあるかと思うんですが、どうでしょうか」
「中途半端に自己評価高いな。性格を加味すると、せいぜい中の上くらいが関の山じゃねぇか?」
俺は再び土手に咲く菜の花畑の方を見る。
「つまり、黙っていたら可愛いってことですね!」
「ポジティブシンキング!」
小気味いいテンポで会話が進んでいく。
「それになかなかどうして、性格も捨てたもんじゃないですよ? 明るくて前向き、それでいて先輩に一途の優良物件です。ウィットに富んだジョークからエッジの効いたツッコミまで完備。一家に一台いかがですか?」
「押し売りも甚だしい。訪問販売員とか向いてるんじゃね?」
「この度はお買い上げありがとうございます!」
「クーリングオフを申請する」
「本製品はノークレーム・ノーリターンです」
「お前のメンタルは起き上がりこぼしか!」
打てば響くように返ってくるのが心地良い。
昨日の初デートでも、特に無理せずともずっと会話が続いていた気がする。
いわゆる、一緒にいても楽ってやつか。
「・・・・・・なぁ」
俺はくすくすと楽しそうに笑う香菜に声をかける。
「俺なんかといて、楽しいか?」
正直に言って、俺はあまり人付き合いが得意ではない。
べったりとくっついているのは面倒くさいし、一人でいる方が楽だ。
「うーん、そうですね・・・」
香菜は顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「楽しいか、楽しくないかで言えばーーー」
俺は生唾をごくっと飲み込む。
「先輩をいじってるときは、まごうことなく至福の時間ですね」
「めちゃくそ楽しんでるじゃねえか」
全く、年下のくせに先輩いじりとか、生意気にも程がある。
「先輩はどうですか?」
「え?」
「先輩は、私といるのは楽しいですか?」
同じ質問を切り返されて、俺は答えに窮した。
俺は、香菜といるのが楽しいんだろうか。
「うーん、そうだな・・・」
後ろ髪をがしがしと掻きながら考える。
「楽しいか、楽しくないかで言えばーーー」
あいつがじっとこっちを見つめるので、俺はみたび菜の花畑に目をやった。
「・・・・・・6対4でぎり楽しい、かな」
「わりと接戦だった!」
あいつはシェーのポーズをした。いや、時代よ。
「えー、もっと素直になってくださいよう。昨日はあんなにキャッキャウフフしてたじゃないですかあ」
そして、俺の袖を引っ張って抗議する。
俺はそれを宥めるため、香菜の方をちらっと見ながらさっき思い付いたことをそのまま口に出した。
「でも、まぁ、なんだ。一緒にいて楽ではあるかな」
「・・・・・・ほ」
今度は空気の抜けたような不思議なリアクションが返ってきた。
「ほ?」
「ホントにもー、先輩ったらツンデレさんなんだからー! いけずー」
俺の肩を容赦ない強さでばしばしと叩く。
「だああ! もう、鬱陶しいな! 触るな! 離れろ!」
「またまた照れちゃってー。先輩の気持ちはちゃんと伝わってますよ!」
「伝わってない! というか、そもそも何にもない!」
「えー、そんな言い方されたら、私のガラスのハートが傷ついちゃいますよー」
「ガラスはガラスでも、防弾ガラスだろうが」
「いやーん、撃ち抜かれるー」
「お前無敵すぎるだろ」
俺が何を言っても、ものの見事にいなされてしまった。
「だって、ぐふふ」
香菜は何かを言いかけて、年頃の少女としてはどうかと思う吹き出し方をした。
「なんだよ」
「先輩、自分の癖に気付いてないでしょ」
「癖? 一体何のことだよ? というかなんでそんなもの知ってるんだよ」
香菜のことをよく知らない人からすれば何も考えずに喋ってるだけに見える香菜だが、実際は頭の回転が早くて鋭い。
だから俺は香菜が見抜いたという俺の癖について知りたかったのだけど、香菜は俺の2つ目の問いだけに答えた。
「知ってるに決まってるじゃないですか。入部してから、ずっと先輩のこと見てきたんだから」
思わずどきりとしてしまったが、俺はそれを悟られぬよう、
「そうですか。俺は全然見てなかったけどな」
冷たく突き放して遠くを見た。菜の花畑、綺麗だな。
「先輩・・・!」
しかし、香菜はなぜか嬉しそうな声を出した。表情も菜の花畑に負けないくらい、喜色満面の笑みだ。
「な、なんで笑ってるんだよ?」
「だって、先輩が菜の花畑の方を見る時は決まってーーー」




その他の花言葉:快活な愛




とりあえず、小説を書く場所としてnoteを作ってみた。

果たして何作続くやら。

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