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4/11「林檎」 花言葉:偉大


「林檎」




花言葉:偉大




『私が生徒会長に当選した暁には、本校の自由な校風をより推奨し、生徒の自治的な活動をさらに活発にできるように致します!』
『次回生徒会選挙では私、足立 輝(てる)に一票をお願いします!』


「お疲れさま、輝くん。今日の演説もとってもステキだったよ~♪」
「ありがとう、息吹」
お昼休み。校内放送で選挙活動のための放送を終えた輝くんが、教室へ戻ってきた。
「そんな輝くんにごほうびです! はい、今日のお弁当だよ!」
私は輝くんの分の弁当箱の蓋を開ける。
「いつもすまないな」
「ううん。自分の分だけ作るのとそんなに変わらないし、それに私にはこれくらいしか応援できないから」
私の幼馴染は、立派な人だ。
成績は常に学年トップ。スポーツ万能、それでいて人望もある。
まさに非の打ち所がないスーパーマン。それが、足立 輝なのだ。
「そう自分を卑下するな。身寄りのない僕を引き取ってくれて、息吹の家には感謝してもしきれないよ」
そして、私がそんなスーパーマンと一緒にいる理由。
輝くんの両親は、輝くんが小さい頃に事故で亡くなってしまって、私の両親は友人の息子だった輝くんを引き取った。
それ以来、私達は同じ家で家族として育ってきた。
「えっと、今日のメインはハムカツだよ! これを食べればきっと選挙でも勝~つ!」
「験担ぎのために揚げ物なんて、大変だったろ?」
「輝くんのためなら大変じゃないよ! ほら、リンゴもウサギさんにしてみました!」
進学科の輝くんは普通科の私と教室は別だけど、輝くんはこうして毎日私の教室に来て、一緒にお弁当を食べる。
輝くんは私の教室へ来た初日にクラスのみんなに向かって、
「僕たち、家族だから!」
と大きな声で宣言したので、変な噂を立てられることもなかった。
「ねぇねぇ、なんで輝くんは校内放送の時、自分のことを"私"って呼ぶの?」
「うーん、まぁオフィシャルな場面だからね、丁寧語みたいなものだよ。変化な?」
「変じゃないよ。けど、私はね、昔みたいに"俺"って言う輝くんをまた見てみたいな~」
「ははは、"俺"はもう卒業したよ。なんか虚勢を張っているみたいだし」
「そうかなぁ?」
いつものように他愛もない会話をしながらお弁当を食べる。
輝くんは毎日ひとかけらも残さず、おいしそうに食べてくれるから私も嬉しい。
そんなことを考えていた時だった。

「足立 輝は、ここにいるか?」

教室の入口から、明らかにとげとげしい声が聞こえた。
見ると、同じ学年カラーのネクタイをつけた男子生徒が、教室内を見渡している。
「・・・僕ならここにいるが」
「お、いたいた。ん? なんだ、彼女とイチャイチャランチタイム中か?」
男子生徒は、私達の机にまっすぐ近づいてくると、私のことをじろじろ見る。
この人はこのクラスの人じゃない。だから、私達のこともそう誤解しているのだろう。
「彼女は、家族だ」
輝くんが、男の人と私の間に立って、私を背中に隠す。
「ん? 君は確か生徒会選挙で立候補しているーーー」
「そんなことはどうでもいい。それより、足立 輝。お前の変な噂を聞いたんだがなあ」
輝くんの背中に隠れて男の人の顔は見えないが、嫌な笑みを浮かべていそうな声だ。
「お前、中学時代に暴力事件起こして補導されたらしいなあ?」


教室内がざわめき立つ。
あちらこちらから、ひそひそ話が聞こえた。
「黙ってないで、答えてくれよ。次期生徒会長候補さんよお」
「・・・なるほど」
輝くんは冷静な声だった。
「選挙の旗色が悪いから、僕の評判を下げようっていう寸法か」
「ああ!? んなことより答えろや!」
指摘されて明らかにイラついている彼に、輝くんは冷静に答えた。
「あぁ。それは、事実だ」
教室内のざわめきが、一層大きくなった。
私は膝の上で両手を握りしめる。
「皆さん聞きましたあ? 生徒会長に立候補している足立さんは、暴力沙汰で補導されてるような人なんですってよ!」
教室中に響き渡る大きな声で、彼は嬉しそうに言う。
「嘘だろ・・・」
「あの足立くんが?」
波は一気に広がる。
違う。違うよ。輝くんは、そんな人じゃない。
「ま、待って!」
私は机に両手を着いて勢いよく立ち上がった。
「違うよ。輝くんがそうなったのはーーー」
「息吹、言わなくていい」
「ダメだよ! だって、だってそれは私のせいーーー」
「はあ? ちょっと彼女さんは黙っててもらえないかなあ?」
怖い声が私に向かって突き刺さる。だけど、でも、黙っているわけにはいかない。
「で、でも、それは、輝くんが悪いんじゃなくてーーー」
「ごちゃごちゃうるせえなあ!」
がんっ!
「ひっ!」
彼は私の机を蹴飛ばした。
中身がもうほとんど残っていなかった弁当箱が、軽い音を立てて床に落ちる。
「理由なんざ関係ねぇよ。大事なのは、補導されるような奴が生徒会長になったら、うちの学校の評判が落ちるって話だ。そしたら、みんなの進学にも響くかもしれねぇだろ?」
何が学校の評判だ。何が"みんな"だ。この人は、ただ自分が勝ちたいから、輝くんの邪魔をしようとしているだけだ。
(輝くんの邪魔・・・?)
でも、それは私も同じじゃないか。
あの日、私が弱かったから、私のせいで輝くんは事件を起こしてしまった。
それは、スーパーマンの輝くんの経歴を傷つける、汚点。
私も、輝くんの邪魔をしているのと同じだ。
「そうやって黙ってりゃいいんだよ」
何も言えなくなった私を見て、彼は吐き捨てるように言った。
「それじゃ、特ダネも手に入れたことだし、行くとするわ」
「・・・待て」
低く、冷静な声を出したのは、輝くんだ。
「まだ何か? それとも言い訳でも、」
「・・・謝れ」
違う。この声は冷静なんかじゃない。
必死に怒りを殺しているときの、冷たい声だ。
「・・・は? なんで俺がお前に謝らなきゃ」
「俺にじゃない! 息吹にだ!」
輝くんはかがみ込むと、ひっくり返っていた弁当箱を拾い上げた。
そこには、ウサギ型にカットされたリンゴが一切れ残っていた。
「わざわざ息吹が手間ひまかけてカットしてくれたリンゴを落としやがって! 謝れ!」
「は? たった一切れのリンゴでーーー」
その瞬間、輝くんが素早く動いた。
「きゃあ!」「うわあ!」
教室中から悲鳴が上がる。
「いいから謝れ!」
輝くんが彼の胸元を掴んでいた。
彼は怯えながらも、にやりとして言い放つ。
「また暴力か? いいよ、やれよ! 殴ってみろよ!」
「輝くん! 私はいいから! やめて!」
私は輝くんの腕を掴む。
「息吹に謝れっつってんだろ!」
「嫌だと言ったら?」
「てめぇ・・・!」
私は腕を引っ張ろうとするけど、力のこもった輝くんの手はまったく動かなかった。
「輝くん! ダメ!」
「おいこら! 何やってる!」
その時、教室内に先生が入ってきた。
どうやら教室の誰かが呼びに行ったらしい。
「あぁ、先生。なんか足立がいきなり掴みかかってきたんです」
「足立が・・・? とりあえず、その手を離しなさい」
先生が仲裁に入ってきて、輝くんはしぶしぶ手を離した。
「それぞれ話を聞くから、まずは足立、職員室に来るように」
そう促されて、輝くんは教室を出ようとした。その時、
「先生。ちょっとだけ待ってもらっていいですか」
そう断りを入れると、輝くんが私のところへやってきた。
そして、さっき拾い上げた弁当箱の中に入っていたリンゴを手に取ると、汚れを払う。
「て、輝くん! それ落としたやつだよ!」
「息吹が作ってくれた弁当を、残したくないからな」
ふた口でリンゴをほおばると、輝くんは私の方を向いて両手を合わせた。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったよ」
そして、輝くんは教室を出ていったっきり、戻ってこなかった。




続く




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