見出し画像

親知らず抜歯日記② 肩透かしとヤケクソのポカリスエット


前回記事から続く、親知らずの抜歯レポートを兼ねた日記です。


親知らずの抜歯。以前は埋もれていたはずの左下の親知らずが、しっかり顔を出すようになった。この歯は、右下の抜歯を相談した時に「こちらはかなり骨に近いので、うーん、どうしましょうね」と当時通っていた歯科医が抜歯をためらっていた歯なのである。

「とりあえず抜くのは右だけにしておきます」

と答えたあの日から数年。


先日、近所の歯医者に行ったとき、
左下の親知らずですけど、この歯は使い物になっていないんですね。でも使えている隣の歯が、この親知らずとの隙間から入った虫歯菌のせいで虫歯になってしまうリスクが高いんですよ。実際に虫歯になってしまったら、親知らずが残っていると治療がしにくいです。それに、親知らず自体が虫歯になったらどのみち切らなきゃいけないんですね。つまり、この親知らずはリスクでしかないので、抜いたほうが良いと思います。
というようなことを(実際はもう少しだけオブラートにつつんで)説明された。

私の顎が小さいばかりに顔を出せなかっただけなのに、散々な言われようの親知らずだが、リスクでしかないなら抜くほかない。だが、右下の親知らずを抜いた時に苦しんだ嫌な思い出が浮かんできて、どうにも気が重かった。

あまりに抜歯が嫌すぎたのか、口腔外科への紹介状を書いてくれるというのに、受付にそれを言い忘れて紹介状をもらわぬまま帰宅してしまった。後日改めて歯医者に寄って紹介状の件を申し出ると、そこからは話が早くて、某日の午前9時に予約がとれたとのこと。朝イチか…。せめて昼食の後がよかったと悲しみに暮れて予約日を待った。

予約日の朝。全く気乗りがしない。以前、手術前に泣き出す人もいると聞いたが(前回記事参照)、今度ばかりはその人の気持ちが分かる気がする。

手術が怖いんじゃない。抜いてから10日ほど痛みと術後不良のリスクに苦しむのが嫌すぎるのだ。

私は憂鬱な気分を上げるために、お気に入りのスヌーピーのTシャツを着て行った。暑い日だったので、病院についた時点で若干ヘロヘロだった。

総合病院だったからか、朝イチから続々と患者さんがやってくる。その波に気おされながら受付を済ませ、問診票を書く。問診票に、「もし、あなたに重大な病気が発見されたとき、本当の病名を知りたいですか はい/いいえ」と「その理由」という欄が出て来てビビった。今回の私にはまあ関係ない話なのだが、とりあえず「はい」を選んでおいた。患者とモメることが多いのだろうか。それともこれが最新の医療界のコンプラ(?)対応なのだろうか?

診察前にレントゲンとCTを撮ってくるように指示された。レントゲン撮影は、同世代くらいの色白なクールビューティお姉さん技師が担当だった。名前と生年月日を言うように言われ、人生で初めて生年月日を噛んでしまった。お姉さんはフフッと笑って、レントゲンの機械へと案内してくれた。言われるがまま立っていたら、肩は落としてリラックスしてくださいねと声をかけられる。どんだけ緊張していると思われたんだろう。

CTは久々だったので勝手がよく分からないままだったが、台の上に寝ていたら終わっていた。CT室は病院の端っこで、周囲は薄暗かった。この辺、夜になると出るんじゃないかとさえ思う。

口腔外科に再び戻ってきたら、すぐに名前を呼ばれた。担当医はベテラン医師と見えた。関西のおっちゃんらしいフランクさがありながら、説明も明瞭でリスク面の不安は軽減された。が、だからって術後の痛みが減るわけではないので、気が気でなかった。手術室はどこなんだろうか。麻酔ってどんな感覚だったっけ。ああ、お昼ご飯はちゃんと食べられるのだろうか。こんなに暑い中、感覚が鈍った重たい口を顔にくっつけて外を歩くのは嫌だな。そんなことを考えていたら、

「抜くのは午後がええと思うんです。」

と医師が言う。え?!今から少なくとも2時間、私はここで待っていなきゃいけないの?それとも出直すの?とプチパニックになっていたら、医師がPC画面に表を映し出して言う。
「これが予約状況なんですけどね、この日とこの日あたりはどうですか?」

あっ、今日は抜かないんだ?!私のこの緊張は何だったんだ……?

盛大な肩透かしをくらって、全ての感情が消失ロストした。予約が取れた日から今日まで続いた憂鬱との戦い。昨日の晩ごはんに至っては、「これが最後の晩餐か…」としみじみ食べたのに。これから数日間の苦しみにそなえて、食べやすいご飯が良いだろうと思って、色んな種類のリゾットを作る計画のもと食材を買い込んだのに。なんだか回想がご飯のことばかりな気がするが、そんな思いがぐるぐると巡っても、消えた感情は帰ってこなかった。

予定を確認し、本当の抜歯日が決まった。医師の腕は信頼できそうだけれど、また気が重い日々が続くんだ。

病院を出ると、陽が高く昇っていて暑かった。その中を呆然としながら帰途につく。歩いていると徐々に感情が戻ってきた。それは‘ヤケクソ’というものだった。お昼ご飯を作る気力なんてなかったので、家の近くのスーパーに寄る。お昼ごはんとちょっとばかりの食材を買い足して。そういえば最近の風呂上がりのお供、スポーツドリンクが切れていたので買わなければ。

ドリンク売り場に行くと、アクエリアスとアクエリアスゼロ、ポカリスエットが並んでいた。いずれも2Lで、アクエリアスは168円、アクエリアスゼロなら158円で、ポカリは198円だった。ポカリの方が良い成分なんだっけ?という小学生くらいの時に聞いた謎の噂(※)が浮かび、もう高くてもいいやとポカリを手に取る。これはもうヤケクソでしかなかった。
※調べてみたところ、昔のアクエリアスは今と違ってナトリウム含有量が少なかったらしい↓(参考)
【医学的に検証】ポカリとアクエリアス、どちらが熱中症対策に効果的?(院長ブログ) - 五本木クリニック (gohongi-clinic.com)


ヤケクソのままレジに並ぶ。ふと店員さんがスヌーピーのキーホルダーをつけていることに気づいた。しかも2個。そういえば店員さん、さっきこちらをチラッと見ていたが、私のスヌーピーTシャツでも見ていたのだろうか?ちょっとだけうぬぼれてみる。スヌーピー好きの同士が意外なところにいたことにちょっとだけ嬉しくなった。会計を終えた頃には、スヌーピーがヤケクソな気持ちを少しだけ軽くしてくれていたことに気づいた。ありがとう、スヌーピー。

帰宅して、ポカリスエットを冷蔵庫に突っ込む。それが冷えた頃にゴクゴク飲みながら、この原稿を書いた。



というわけで、先延ばしになった私の抜歯。次回は今度こそ本当に抜歯のお話です。


◆前回はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?