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障害を悲観しなければならないワケ

障害が我が身に降りかかった時に
悲観しなければならない人は
これまでたくさんおられたことでしょう。

それはきっと、
この社会が障害のある人を受け入れてこなかったことを
ちゃんと知っているからなんだと思います。

どうも、こぶたです。


知る機会を剥奪されてきたということ


これまでは自ら障害の世界に
積極的に関わらなければ
障害を持った人生の生き方はわかりませんでした。

どんな生活をし、何に喜び悲しむのか、
どんな幸せを持っているのかさえ、想像もつきませんでした。

それらを知る機会さえ与えられずに
生きてきた人ばかりなのですから、
知る由もないのです。

あなたは知る機会がありましたか?

ある重症心身障害児が
どれほど周りの人を癒し、
人と人を繋いできたか。

生まれてからほとんど
施設から出たことの無い寝たきりの女性が
何に楽しみを見出しているのか。

両腕のないある男性が、実は料理が得意だということ。

あなたには知る機会が、これまでありましたか?


長きに渡り、障害や病を持つ人は
病者役割・障害者役割を生きることになり
保護され、社会的責任の免除を受けて生きてきました。

ですがそれは同時に、強い役割期待を人々に抱かせ
障害のある人や病者はスティグマを感じるようになり、

やがて人権剥奪や
社会との分離に繋がっていきました。

障害や病を持つことは、
社会生活を営む上で大きな不利となり、ネガティブなイメージで捉えられてきたという事実は
広く社会にも浸透して行ったのでした。

ですが今、SDGsの世になり
社会モデルから人権モデルへと
流れ行こうとしています。

本来身近であるはずの障害や病を
社会から切り離さず、

障害のある人もない人も、
その個人の特性を用いて
活躍できる社会を作くっていく時代の入口に差し掛かりました。

それは静かに、
20年も前から始まっていたことでした。

インターネットが民主化されたことは
大きな契機となりました。
障害のある人が今、生活をオープンにしはじめました。

幸せになってもいい。
人権剥奪されていい存在では無い。
声を上げていいし、自分たちで変えていけばいい。

繋がり始めたマイノリティたちが次々に
互いに高め合い、力をつけ始めています。

突然、障害が我が身に降りかかった時、
私たちは先が見えず、
未来が見えないから不安に駆られ、
こわくて悲観してしまうし、涙してしまうことでしょう。

障害のある人生の生き方は
もっと民主化されて、誰もがアクセスできるものになればいいと
私はずっと考えてきました。

夫に出会ったのも、
障害のある人の生活実態を知りたかったからでした。

それは私が生きる地図の
onepieceだと思ったからでした。

祝婚歌

私の夫は車椅子ユーザーです。
出会った時から彼は車椅子に乗っていました。

だから私たちは車椅子ユーザーの人生を知っています。

みなさんはこの詩をご存知でしょうか?

祝婚歌                    
                                      
吉野弘

二人が睦まじくいるためには
愚かであるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

私たちが結婚した時、
ある学生時代の先輩が、この詩の一部を
「車椅子の乗り方を知っている方がいい」
と替えて、送ってくださいました。

当時はそういうものかと、
よく分からずにいましたが
今は思うのです。

夫婦で歩む人生には
時が経つにつれ、色々な事が巻き起こります。

なんだって、知らないより知っている方が
時間とエネルギーを有効に使うことができるのです。

車椅子の乗り方も、知らないより知っていた方が
豊かさを与えてくれました。

環境は人の選択を変える

私は長男を妊娠する前、催奇形性の高い薬を飲んでいました。
不妊治療に挑むに当たり数年の断薬をし、長い間医師と相談を重ねてきました。

薬を飲んでいた時点で
私の場合は神経管形成異常のリスクが
一般の妊婦の2倍と言われました。

つまりは無脳症や二分脊椎の子が産まれる可能性が高かったのです。
どちらの障害のこともある程度は知っていました。

「もしも無脳症の子が産まれたら、成長できなかった部分より、成長した部分を愛でて、その子が生きてる間、たくさん触れ会えればいい。亡くなってしまっていたら、手形足形をとって写真を撮って、この世にいた証をできるだけ残せればいい。」

「もしも二分脊椎の子が産まれたら、もうおうちはバリアフリーだし車椅子をどこで買うかも知っているし、この時代だし。痛い思いを人よりさせることにはなるかもしれないけど、それなりに楽しむことはできるし特に困ることは無いなぁ。」

そう考え至りました。

(一般の妊婦の神経管閉鎖障害の発生頻度は約1000人に0.6人だそうです。)

すでに多少の知識と整った環境があったことで、
悲観せずに「踏み切っても大丈夫」と思えたのでした。

これには賛否あるかと思いますので、
あくまでも私個人の選択です。

これからの時代に

あなたがもし、障害を悲観しなければならないとしたら
あなたを取り巻くの環境整備がなされていないのかもしれません。

子どもたちが大好きなEテレには
魚屋で車椅子メカに乗るお父さん、
コッシーのおともだち、車椅子のリム、
ファンターネには車椅子のカマキリ。

既に当たり前に障害をインクルーシブし、
子どもたちは障害の知識を当たり前に注がれるように
変化してきています。

とても良いなと思いますし、
車椅子のバービーを与えられて
遊び方が分からず放棄する子も
いずれは居なくなるかもしれません。

(昔、障害理解教育のある研究で行われた車椅子バービー実験)

その共生の世界が
いつか世の中の当たり前になった時、
大人たちはきっと
取り残されてしまうことでしょう。

障害を取り巻く環境、時代は
物凄い速度で今、変化しています。

今のうちにアップデートする必要があるのかもしれません。

障害者のためではなく、
自分自身のために。
そして愛する人のために。

あなたは障害が我が身に降りかかった時、
悲観しないと言えますか?

私はNOです。
だから、学び続けていたい。
知り続けていたいのです。

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