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たった一通のメールで人生が壊れた話①

先日テレビで見た、ある事件のニュースを思い返し、
「この人はこれから一生、施錠をきっちりするようになる。敷地内に、人影を見ると身を固めるようになる。」
ふと、そう思いました。

なんでそんなこと、思ったんだろう?
どうもこぶたです。

先に申し伝えるべきことがあります。
この関連記事には、
【⠀暴力╱性被害╱自殺未遂 】
に関するセンシティブな描写が多く出てきます。
苦手な方、体調を崩される可能性のある方は
閲覧されないようお願いします。

それでは本編へどうぞ。


過剰なリスクマネジメント

珍しく夫に次男を預けて、新しいラグを買いに行った家具屋の駐車場で
男性が乗ったまま停車してる車の横には
車を停めません。

相手の車に引き込まれないように。
目が会った瞬間、陰部を見せつけられないように。

そんなふうに無意識に選択していることはたくさんあります。

他にも、相手の分からない電話は
できるだけ素っ気ない態度で出て、
名乗らず、ハッキリNOを言う。

寝る前必ず包丁はしまう。
そこに刃物を置いて寝ると、
それを首元に突きつけられるかもしれないから。

私は、そうやって
経験からの学びを人生の教訓として、
無意識に選択をしながら生きています。

そんなことあるわけないじゃん。テレビの見すぎだよ。
そこまでしてたら時間の無駄だよ。逆にリスクマネジメントに欠ける。

そう言われもしますが、それが私のリスクヘッジのとりかた。

だって、それらが起こらない人生のほうが奇跡的なのですから。

過剰と不足の狭間で

私は鍵を開けたまま眠れません。

窓を網戸にしている時は、心から寛ぐことは難しいです。
それが私のふつうです。だから冒頭のニュースをみて驚きました。

そうか、一般的に日本は玄関を開けたまま昼寝ができる世界線なんだなと。

いや、この事件の被害者を責める意図はありません。
それくらい世の中や他人を信用して生きれる人がきっとたくさんいるんだなと
少しばかりホッとしたのです。


私の住むこの田舎街では、令和の世でも
近所の方が敷地内を横切り、ショートカットしていくことがあります。
始めは驚き、不審者の影をみて
警察を呼ぼうとしたことが何度かありました。

今でも敷地内に人影を見ると身を潜めます。
スマホを握りしめ、できるだけ静かに
気づかれないように身を固くします。

「おかしいよ。普通じゃない。田舎ではみんな鍵なんてかけないよ?
気づいたら近所の人が家の中にいるのが普通だよ?」

夫は私の過剰な言動に
結婚当初、いつも頭を抱えていました。

今ならきっとこう言い返せます。
いやいや、例え私が過剰過ぎるとしても
この時代、田舎でもさすがに鍵はしようよ。
無用心すぎるよ。危機管理意識が不足してますよ。

でも結婚当初の私にはあまりにもショッキングで、唖然としてしまうことばかりでした。

(※現在は施錠されてるお宅がほとんどになったようです。)


震えるガラス

夫と出会うより前の話です。
20歳だった私は同棲していました。
相手は6歳年上。

私に多大なる影響を及ぼした彼と、私の話です。

ある休日の夕方でした。
アパートにいると突然、
連打されるインターフォンにドアを激しく叩く音。

ドアの向こうの声は、初めは穏やかでしたが
段々と怒声に変わっていきました。

「居るの?!居るんでしょう?出てきなさい!」

「あんたたちいるんでしょ!隠れてたら承知しないよ!」

声の主は彼の両親でした。
私は咄嗟にベランダのカーテンを閉め、机の下に潜り込みました。

しばらくして静かになったかと思うと、すぐ今度はベランダ側の窓ガラスを叩き始めました。

「出てきな!話がある!」
「出てこないなら窓ガラス割るよ!いいの?!いいんだね!?」

握りしめたケータイ電話で110番を押しましたが、
薄い壁、薄い窓ガラスとカーテンを隔てただけの距離では
通話すれば外に聞こえてしまいます。

恐怖で受話ボタンを押すことはできませんでした。

しばらく身を潜めていると、外が静かになりました。
どうやら居なくなったようでしたが、その日は恐怖でお風呂に入ることもできず、
翌朝仕事に行く際も、ドアを開けるのが怖くて
先輩に迎えに来てもらったように記憶しています。

その記憶から彼は欠落していて、
当時その場にいたのかさえ、よく覚えていません。

数年後、私は逃げるように彼と別れて
別のアパートで一人暮らしを初めました。

彼は仕事帰りの私をつけたのか、
いつの間にか部屋を突き止めていました。

インターフォンを鳴らし、
ドアを叩きながら
「開けろよ!いるんだろ!」
と叫ばれることが何度もありました。

それが私の当たり前の世界。
それが日常茶飯事でした。


揺れる17歳

彼と出会ったのはインターネット。

17歳の春。
好きだった先輩に「受験があるから交際は考えられない」と振られ、
進みたかった進路を目指すのが難しいと自覚し始め、
あれだけ必死に勉強してきたのに
急に全てがどうでも良くなってきた17歳の春。

親とは不仲で、兄弟も既に家を出ていて
全てのことが退屈で、不満で拠り所もなかった高校生でした。

軽い気持ちで書いたメル友募集が人生の分かれ目になるなんて
17歳の私には知る由もありませんでした。

所謂、出会い系といった恋人募集ではなかったその掲示板への募集に、
何人かメールしてきたうちの一人が彼でした。

初めから少々強引な文面に戸惑いながらも、
メールのやり取りを進めていました。

当時はまだSNSなんてなかった20年前。
ネットリテラシーなんて言葉もなく、何に気をつければ良いかさえ
わからないまま人々はインターネット通信を楽しんでいた時代です。

https://x.com/kobutakundayo7/status/1700663974440861916?s=61&t=ASSKgw0QvWHKMq8DWauxLw


解像度が上がった日

私は全てのメールに律儀に返信していました。
5人だったか6人だったか、男性も女性もいました。


その中のひとりに過ぎなかった彼でしたが
彼は急にある日こういいました。
「もうこれだけメールしてるんだから、付き合ってるよね、俺たち。」
と。

え?

私は「顔も知らないのに?!」と思いましたが
大人の世界とはそういうものなのかと思いながらも焦り、
「顔も知らないのに付き合ってることになるの?」
というようなことを返したように記憶しています。

私は17歳の無知な少女、彼は23歳の成人でした。
1∕5だか1∕6だった彼の解像度が一気に上がった瞬間でした。

彼は言いました。
「なら、写真を送って。俺も送るから」

このメールが私のその後の人生をめちゃくちゃにすることになるのでした。

まとめ

今後数回に渡り、彼との話を書いていこうと思っています。
当時の出来事を現代の感覚でジャッジすることはできません。
またジャッジをされたところで、過去は変わりません。

大人になった今思うのは、成人は不安定に揺れ動く未成年者を
陥れ傷つけるのではなく、諭し保護する存在である自覚を持たなければならないのではないかということです。

大人への憧れと、未成熟な子どもを併せ持つ多感な時期に
どうかこうした目に遭うお子さんが、
これ以上増えませんように。

相手へのヘイトではなく、
誰かが誰かを守るための材料として、
傷つく子どもが増えぬように啓発する目的での投稿ですが
個人の経験の話になりますので、一部は公開ではなく有料化する予定です。

また、高校生~20代前半だった私の主観による記事となりますことを
ご了承ください。


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