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【新刊先読み】国宝鑑賞が自分のものになる本。感性をひらく日本美術の楽しみ方とは

12月20日発売の新刊『はじめから国宝、なんてないのだ。~感性をひらいて日本美術を鑑賞する~』(小林泰三著・光文社刊)より、「はじめに」を一部編集してお届けします。

「はじめから国宝、なんてないのだ」のタイトルにはふたつの意味があります。
ひとつは、今は国宝になっている美術作品もはじめは国宝ではなかった、という意味です。
どんな偉人にも経験不足の幼少期があったように、立派な国宝にも、味わい深くなる前の、ういういしい時代がありました。
もうひとつの意味は、そもそも国宝という制度は明治時代に定められた比較的新しい決め事で、はじめはなかったのだという意味です。つまり、国宝はありがたいという考え方は昔はなかったのです。

しかし、国宝システムになれきってしまっている私たちは、なかなかその色メガネを外すことはできません。
それを外すことができるのが、新しい日本美術の鑑賞法「賞道(しょうどう)」です。
「賞道」は、鑑〝賞〟をする〝道〟です。「賞」の字は「賞状」にもあるように、ほめたたえる意味もあります。つまりは「よくよく物を見て、いいところをほめたたえる姿勢で暮らす」となります。

とまあ、「道」がつくものですから、堅苦しく聞こえるかもしれませんが、要するに、「日本美術を見て、いいところを探して『いいね』をしよう」というものです。
難しいのが、ぱっと見、日本美術を見てすぐに「いいね」はしにくいところ。古くてぼろぼろなので、見た目がきれいじゃないし、何やらありがたいんだろうけれど、見ただけでは何が言いたいのか分からない……。だから、私たちは「わびさび」という便利な言葉を持ち出し、渋いから「いいね」をする。また、「国宝」というお墨付きがあるから、「いいね」をする……というわけです。

それでは本当には美術品に向き合っていないので、そこをちゃんと向き合うように〝整えて〟から、しっかりと鑑賞して、改めて「いいね」をしましょう、というのが「賞道」なのです。

では、どうやって〝整える〟のか。そこで、褪せた色彩をもとに戻すデジタル復元が必要になってきます。

国宝「風神雷神図屏風」復元前
当時の色をデジタル技術で復元したもの


私が「賞道」を始めたのは、大手印刷会社に勤めていたのがきっかけです。そのころは、まだ日本もバブルがはじけたばかりの時期で、職場にはパソコンが数台あり、みんなで共有していたころでした。そんな時代でしたから、デジタル画像処理は、大手印刷会社でしか買えないような億単位のマシーンで行っていました。
通常は、美術館で使用するような美術作品の画像をレタッチして、きれいに整える作業をします。あるとき、その画像処理技術を使えば、昔の色を復元する画像処理ができるな、と思いつきました。
はじめに手がけたのが国宝「花下遊楽図屏風(かかゆうらくずびょうぶ)」という醍醐(だいご)の花見を題材にした屏風です。

詳しくは本編の第3章にゆだねますが、失われた色彩を再現することで発見が多くあり、日本美術は、

【制作された当時の色を、制作された当時と同じ方法(環境)で鑑賞する】

いうことをしないと、本当のことが見えないのだな、ということが分かりました。
その後、毎年のように国宝級の作品の色彩を戻し、それを画像のままでなく、実際に絵巻物、掛け軸、屏風などに作り直し、それをわいわい〝触りながら〟楽しく鑑賞すると、ああ、これこそが日本美術なのだな、と強く感じるようになり、それは確信となりました。

昔の日本家屋は庇が大きく張り出しているので日中でも薄暗いのですが、太陽が低く沈む夕方になると赤く染まった外光が奥まで差し込んできます。その光を再現して鑑賞すると、光を反射しない顔料を使った箇所(風神雷神)のシルエットは暗く、一方で背景の金が柔らかく輝きだし、浮遊感が生まれます。
当然電灯なんてない時代ですから、暗くなればろうそくを使用します。ろうろくを手に取り、雷神の顔に近づけると・・・目と歯がギラリと鋭く光るのです。どうですか、”神様の本性”が垣間見えた気がしませんか。

2004年に自分の会社「小林美術科学」を設立して、肩書として「デジタル復元師」と称して以降は、この鑑賞法に「賞道」と名前をつけて、全国を飛び回ってご紹介に努めているわけです。

初心者の方へ「賞道」を伝えるのは、実は簡単です。触っていただくだけでいいのです。
でも本ではそれができないのが、難しいところです。
そこで、読んでも触っているかのように理解していただくためには、すぐに気持ちがそちらに向かう工夫、さらに言えば「いいなあ」「すごい!」と憧れの気持ちを代弁する役割が、この企画に加わるといいなと思いました。
そこで考えたのが「漫画」です。漫画の登場人物を通して、昔の世界へ飛び込み、その時代の人と対話をするようにすれば、美術の難しい時代背景や知識もなく、頭に入ると思ったのです。いや、体温が熱くなったり、脈が速くなったり、心に直接アピールできると思ったのです。

この本は、4つの章に分かれています。はじめは「風神雷神図屏風」で「賞道における鑑賞とは」という雰囲気を楽しんでいただき、平安時代の合戦、醍醐の花見に参加していただきながら、最後、遠く万葉の人々の心の中まで触れる壮大なる旅をご用意しております。それぞれの章のはじめには新月ゆきさんの賞道体験に基づくショート漫画がついていて、皆様をさらに楽しくタイムトラベルへといざなってくれます。


漫画家 新月ゆきさんの体験漫画でより身近に!


この本を読み終えたときには、皆様がタイムトラベラーとなっていることを願っています。
もちろん、漫画家・新月さんは立派なタイムトラベラーとなりました。
さて、そんなねらい通りになりますでしょうか。もちろんしっかりと私がご案内いたしますので、ご心配なく。

さあ、ページをめくって、いにしえへと旅立ちましょう!