ショートストーリー チーズフライ

熱々のチーズがどこまでも伸びる。
私と彼の関係のようにも見えた。

安さが売りの赤ちょうちんが垂れる店。
客は多くてガヤガヤ煩いし、下品な話題が飛び交うこともある。
それでも、ここのツマミは美味しいし、店主も気が良く酒がすすむ。
なにより、十年来の付き合いの彼との思い出が詰まった場所でもある。

会社帰りに待ち合わせ、ビールを酌み交わす。
待ち合わせ場所は、互いの会社の中間地点。
「じゃあ行こうぜ」
と毎回、いつもの店へ誘導される。
友達のように陽気に、家族のように気さくに。
プロポーズの言葉を待ってはいるが、こんなところではそんなロマンチックな言葉も出ないだろうと、赤ちょうちんを見ると諦めがつくのも毎回のこと。

カウンターの隅に座り、新メニューとビールを頼む。
なんでも、チーズへこだわったのだとか。
店主の熱弁を聞き流しながら、噛じるとやたら伸びるチーズ。
隣で彼が手を叩いて喜んでいる。
店主もこれが狙いだったんだと笑う。
確かに面白いが、結婚のことで悩む私にとっては面白くない。

チーズの糸が、細くなって重さでプツリと切れると、ビールを一気に飲み干した。
鬼気迫る私の飲み切りに、店主も彼も事態を察したようだった。
店主は素早く、ビールのおかわりを寄越してサービスだと言うと、そそくさと他の客のところへ行った。

残された彼は、冗談だとあたふた弁明している。
それを無視して、新メニューをもう一つ喰らう。

少し冷めたチーズは、糸も伸びず歯切れ良かった。
私達の関係もこうなるのかもしれないと、ツンと寂しさがこみ上げる。
涙目の私を見て、彼はいよいよ困っている。

塩っぱさと乳製品のコク、油のコク、サクサク食感。
どれも美味しい。
どれもビールに合う。
店主の腕は、確かだ。
人を見る目、以外は。
付き合ったばかりの頃
「コイツは良い奴だぞ、旦那にするにゃうってつけだ」
と太鼓判を押されたが、付き合って十年。
結婚のけの字も出やしない。

こっちの気も知らないで
「俺のも食うか」と新メニューを寄越す彼。
困った顔が余計に腹立たしく、箸で新メニューをブスリと突き刺して奪う。
それをまたビールをで流し込む。
お互い何も喋ることなく、狭い店内で騒ぐ客通しの声が、やたら大きく聞こえる。
それが虚しくて、ホロリと涙が溢れてしまう。

ぎょっとする彼はゴメンゴメンと謝る。
店主に詫びの新メニューを一つ頼んで、私の機嫌をとろうと必死だ。
その彼の姿がプロポーズと遠のいていくようで、涙が溢れる速度は速まるばかりだ。
新メニューを持ってきた店主も、女の涙には弱くて二人で慌てふためいている。
申し訳無いが、涙は止まらない。

しゃくりあげて泣く私に、彼はハンカチをジャケットのポケットから探す。
ポケットからハンカチを引っ張り上げるとき、小箱が一緒に落ちた。
「あぁ!」
彼は、よほど小箱が大事なのか。
動揺して、ハンカチ片手に私と落ちた小箱を交互に見る。
中身が何か私にはわからないが、彼の中で箱に負ける自分の存在にまた悲しくなる。
滝のように流れる涙と鼻水。
緊急事態に、彼の頭もキャパオーバーしたのだろう。

「あ、あ、あ」
と声を震わせながら、小箱を拾い、ハンカチを私の顔に押し付け
「俺と結婚してくれぇ」
とデカイ声で叫んだ。

あれだけ騒がしかったのに、一瞬でシンとなる店内。
彼の匂いのするハンカチしか見えない私は、ひどく冷静だった。
彼がハンカチを持ってない手で、青い小箱を私に差し出していることはなんとなく分かった。
視界ゼロの中で、小箱を持っている方の彼の腕を掴んで
「待ってた」
と私も叫んだ。

歓喜に沸く店内。
店主は新メニューを幸せのメニューとして、私達に振る舞ってくれる。
熱々で、どこまでも伸びるチーズは私達と重なった。

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