ショートストーリー イカスミパスタ

黒く怪しく光る麺。
何もかも黒に色変えるスミ。
元の色が分からないくらいだ。
自分の腹黒さも分からなくなれば良い。
コクのある海味を飲み込む。

歯が黒くなって、笑ったときにみっともない。
イカスミパスタを頼もうとしたとき、前の彼氏に怒られたことがある。
あの頃の私は、とても若く、そんなものなのかとその彼に謝って上品そうなシーフードパスタを頼んだ。
本格イタリアンで、素材に定評のあるレストランだった。
海の幸が好きな私は、美味しいイカスミパスタに巡り会えることを楽しみにしていたのに。

その時の、シーフードパスタの味はあまり覚えていない。
ただ、彼がやたらと自慢げだったのは覚えている。
彼は、私の見た目や言動にチェックをいれることが、度々あった。
連れて歩く女の見た目を、何よりも気にすることに徐々に私の心も離れていった。
最終的に口汚い罵り合いの喧嘩へと発展。
「初めてのデートで、見た目にも気を使わずイカスミパスタを堂々と注文するような女、こっちだって願い下げだ」
そう言われて、彼とは別れた。

それ以来、私は恋愛にも、もちろん彼にも、なんだか冷めてしまった。
それでも人恋しいことはある。
付き合い始めにイタリアンの店に行き、私はイカスミパスタを頼む。
わざと、ニッと笑ってお歯黒になった歯を見せる。

引く男もいれば、下品に笑い転げる男もいる。
私は恥ずかしさの欠片も感じない。
白い歯を隠すように、下心のある黒い腹を隠せたらそれで良いのだから。
さて、今日の男はどちらだろうか。
イカスミパスタを遠慮なく食べる。
何味とも表現できない海の深いコクが、あっという間に喉を通り過ぎた。

パスタの美味しさに、自然と広角も上がり、向かいの男にニッと歯を見せ笑う。
男は、私の歯の黒さに怯んだが、それも一瞬のことで、男は豪快にズルリとパスタをすすり飲み込むと、私と同じ表情をする。
男の白かった歯が真っ黒に染まる。

ハンサムな顔立ちに似合わない、マヌケな顔がおかしくて、思わず私は肩を震わせてしまう。
私につられた男もフフフと笑い、黒い歯を見せ合い食べた。
「今度は、もっと黒いパスタを食べましょう」
店を出たときに男に言われ、私は二つ返事でハイと返した。

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