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教員は学び続ける存在?いや、。



「教員は学び続ける存在」


初任研や大学の講義で聞いたことがあるかと思います。
まさにその通りで、学ばない教員から教えられた子どもの気の毒さといったらね。。。。。

初投稿のこととも関係しますが、学ばない=知らない ですから。
いろんなことを知っている大人を見たら、どんな人だって「あの人すごいな!」ってなります。教室の中でも同じですね!「先生、水の呼吸の十の型って知ってる?」ってこの前二年生の子に聞かれました。「せいせいるてん」と答えたら、「先生、知ってるんだ!」って笑顔で話し、その後も何度も同じ話を楽しそうに話していました!!

それほど、学ぶ=知るって大事なことなんです。自分が小学校の頃は先生の言うことができれば◎でした。(子どもの時のイメージ)
でも、言われたことをできる人って、世の中にたくさんいますよね!

「来週の資料用意しておいて!」
「やっておきました!」
「12月の〇〇明日までによろしく!」
「わかりました!」

このやり取りが大人の世界の中でも行われます。
しかし、大事なのは言われたことをやることというよりも

「課された問題にどう向き合い、解決するのか」です。

子どものころに身につけたスキルは今あまり役に立っていない。漢字、計算の塾があるように、いまだに多くの人が漢字と計算だけは!!という人がいます。
もちろん、かなり大事で、できた方がいい。自分もこの二つは力を入れています。そのうえで

「どういう風に学ぶのか」「どうやって問題をクリアするのか」を大事にしています。

漢字もこちらから教えるのもいいですが、書き方や熟語なんてドリルに乗っています。じゃあ漢字を友だちと学べば楽しいと思い、漢字のクイズを出し合う時間を設けています。

「読書のしょって書いてみて!」

「いち!に!さん!・・・」

こんな具合に。ここには、大人になっても生きてくる力があります。ほかの人とスキルを磨くために情報を共有する力です。

また、「こんな風に計算するんだよ!」って教えた方が早い。でもあえて子どもに学ばせる。「どうやって計算するんだろう」って。

時間の無駄かもしれません。それぐらい知ってるよ!っていう子はいるでしょう。

みんなで学ぶことに価値があります。教室の中で一人がクリアしたところで価値はあまりなく、一人のクリアした情報をみんなに共有して、「どういうこと?」「うそでしょ」と議論することに意味があります。


子どもが学ぶために「教員が」いや、「大人が学び続ける存在」でなければならないと思います。言われたことを確実に行うロボット人間よりも人間同士で学びあって試行錯誤する向上的思考人間を皆さんで育てていきましょう!


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