転勤と死について

 私は、仕事柄これまで25年間で約15回転勤を繰り返してきた。赴任先によって若干の長短はあるが、だいたい約2年毎の異動である。その度に漸く慣れた土地、職場を離れ、少しの寂しさや希望と不安を感じながら次の赴任先へ向かう。見送られ、迎えられる事を繰り返してきたが、当然自分も、上司、同僚、部下を何度も見送ってきた。転勤シーズンとなり、転出する人を見送ると、残った人達でしばらくその人の話題になる事もあるし、全く忘れ去られることもある。あの人は良かった、素晴らしい人だった…、アイツとは2度と会いたくない、居なくなって清々した…等いろいろある。
ふとある時に思ったのだが、転勤による人との別れは、死の擬似体験の様な気がする。見送り(葬式)でその人の事を皆で語る。良かったとか悪かったとか。在任間(生前)の行いで、転出後(死後)の評価が決まる。その人の評価は、その人の真の評価は、在任間ではなく転出後のその人が居なくなった後に本人が知らないところでされるものだ。どれだけ、在任間に周囲の人達に魂を伝えられるか。寂しい別れも、残された人達の心の中で生き続けることが出来れば別れとはならない。完全に忘れ去られた時こそ本当の別れ(死)だろう。また、別れや死も決して悪いことではなく、次の出会い(生)へのスタートである。
 あと約一カ月で、私も見送られる立場になる予定だが、残された生を生き切ろうと思う(やり残した仕事が無い様に全力を尽くす)。居なくなった後に少し悪口は言われることは、覚悟の上。

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