風の谷のナウシカ

風の谷のナウシカ
何度も見てるけど、スクリーンで見るのははじめて。
スクリーンで見ると気づかなかった演技や、美術の素晴らしさを改めて。

冒頭からクシャナの人質となるまでの30分のシーンに、ナウシカの喜怒哀楽が全て詰まってて彼女はこういう人なんだと伝わってくる。

谷の人には菩薩のようなナウシカも、父親を殺されて、自分の修羅と向き合うことになる。
どんなに優しい人でも心の中には修羅がいる。
怒りとの折り合いは、幾つになっても難しいもの…。

今回スクリーンで見て初めて気がついたのは、ナウシカが庇ってた王蟲の幼虫のシーン。
てっきり父親が殺したと思い込んでたけど、そんなシーンはなくて連れ去っただけなので、もしかしたらジル(父親)が森に返しているかもしれない。
原作でも連れて行ってるだけだった。

幼虫とはいえ王蟲を殺したら風の谷はきっと無事ではないから、そうなんだろうな。
さらに妄想すると最初に出てきた王蟲は、その幼虫が大きくなった姿なのかな。
王蟲同士の心は繋がってるから、もしナウシカが助けた王蟲が生きてたら、その記憶が共有されてて、ナウシカだけが虫たちと心が繋がっているのも納得。

あと、蛸壷に乗ってた若い砲手が、ナウシカが突っ込んできたときに(ラステルさん)と呟く。
ペジテの服を着ているナウシカにラステルを見たのだろうけど、その一言で彼がどんな人生を歩んできたのか一瞬想像する。
若者っていってもほとんど少年兵。若者の未来を奪うのが戦争なんだと、今の歳になると宮崎さんの戦争というものへの感じ方が少し分かるような気がする。

映画化を前提とした原作の連載がアニメージュで始まったのは1982年。
ベトナム戦争が終わって7年。
1980年にはイランイラク戦争が開戦され、1981年にはスペースシャトル「コロンビア」が打ち上げられ、インターネット、ファミコンが開発、販売される前年。

当時、鈴木敏夫さんはアニメージュの編集部にいて、映画化の際には高畑さんをナウシカのプロデューサーになるように説得した。
何ヶ月も説得し続けて、その間、高畑さんは日本映画における映画プロデューサーとは、という論文書いて、だから自分はやらないって話たらしくて、それに鈴木さんは、友だちが困ってるんだから協力してください!って怒ったらしいんだけど、制作する場所も会社もなくて、それも宮崎頼りか!って高畑さんも怒ったり。
教養の化身のような高畑さんも居なくなって、宮崎さんも次の映画が長編はきっと最後だろう(さすがに)

ジブリにとって始まりの映画であるナウシカ。

久しぶりに原作が読みたくなった。

#すぐ借りに行った
#ナウシカとはこういう人だと宮崎さんが描いた一枚

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?