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谷崎潤一郎の『蘆刈』をどう読むか④ 蘆刈りまくりーでいとおかしなのか
何が、「惡しかりー」だ。言ってる場合じゃないぞ。
橋本には遊廓がござりまして渡し船はちょうどその遊廓のある岸辺に着きますので、夜おそく十時十一時頃までも往来しておりますからお気に召したらいくたびでも行きかよいなされてゆっくりお眺めになることも出来ますとなおもいいそえてくれた親切を時に取ってうれしくおもいながらわたしはみちみちひいやりした夜風にほろよいの頬を吹かせつつあるいた。渡船場までの路は聞いたよりは遠い感じがしたけれども、辿りついてみると、なるほど川のむこうに洲がある。その洲の川下の方の端はつい眼の前で終っているのが分るのであるが、川上の方は渺茫としたうすあかりの果てに没して何処までもつづいているように見える。ひょっとするとこの洲は大江の中に孤立している島ではなくてここで桂川が淀の本流に合している剣先なのではないか。なんにしても木津、宇治、加茂、桂の諸川がこのあたりで一つになり、山城、近江、河内、伊賀、丹波等、五カ国の水がここに集まっているのである。
なるほど桂川なら洲もありそうだな。しかし水無瀬川だとどうなんだ。それに遊郭がござりましてってなんなんだ。無料案内所か? 客引き行為は禁止されています、路上で渡した現金はけして戻ることはありませんって警察のアナウンス聞いたことないのか?
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で、行くのか、潤一郎! 気をつけろよ、潤一郎!
むかしの『澱川両岸一覧』という絵本に、これより少し上流に狐の渡しという渡船場があったことを記して渡りの長サ百十間と書いているからここはそれよりもっと川幅がひろいかも知れない。そして今いう洲は川のまん中にあるのではなくずっとこちら岸に近いところにある。河原の砂利に腰をおろして待っているとはるかな向うぎしに灯のちらちらしている橋本の町から船がその洲へ漕こぎ寄せる、と、客は船を乗り捨てて、洲を横ぎって、こちら側の船の着いている汀まで歩いて来る。思えば久しく渡しぶねというものに乗ったことはなかったが子供の時分におぼえのある山谷、竹屋、二子、矢口などの渡しにくらべてもここのは洲を挟んでいるだけに一層優長なおもむきがあっていまどき京と大阪のあいだにこんな古風な交通機関の残っていたことが意外でもあり、とんだ拾いものをしたような気がするのであった。
なるほど。飽くまでも水無瀬川に中洲も渡し舟もある体で話を進めるんだな。
虚子氏附記、梅村氏報じて曰はく、橋本の遊廓は男山の西麓山崎の渡しの東岸にある一小遊廓に御座候、蕪村時代廢滅の事なく、今日に至る迄徵々ながらも連綿として存在致し居り候云々。
在五中將の都鳥の歌を思ひ合せて見るといしゆく橋本は淀川に臨んだ佰で、昔し今の山崎の渡しが橋であつた頃、其の橋畔の驛を橋本と云つたのだが、後世橋は絕えて渡船となり、橋本の宿も少し下流の方へ移つた。
この「山崎の渡し」のことなのか?
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おお、「河原あがれば娼家とよ」って、本当にそうなのか?
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いや、「乙訓の川」つてなんやねん?
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これか。なんでも最近は便利なもんできたな。
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なるほど、川だから変化するということか。今の水無瀬川だと中洲も渡し舟もなさそうだが、桂川の入り口なら、まあ、ありか。
それにしても水無瀬川、水無瀬川というから嘘かと思ったぞ、潤一郎! 水無瀬川の河口付近だから水無瀬川とみなせというわけだな。
前に挙げた淀川両岸の絵本に出ている橋本の図を見ると月が男山のうしろの空にかかっていてをとこやま峰さしのぼる月かげにあらはれわたるよどの川舟という景樹の歌と、新月やいつをむかしの男山という其角の句とが添えてある。わたしの乗った船が洲に漕ぎ寄せたとき男山はあだかもその絵にあるようにまんまるな月を背中にして鬱蒼とした木々の繁がびろうどのようなつやを含み、まだ何処やらに夕ばえの色が残っている中空に暗く濃く黒ずみわたっていた。わたしは、さあこちらの船へ乗って下さいと洲のもう一方の岸で船頭が招いているのを、いや、いずれあとで乗せてもらうがしばらく此処で川風に吹かれて行きたいからとそういい捨てると露にしめった雑草の中を蹈みしだきながらひとりでその洲の剣先の方へ歩いて行って蘆の生えている汀のあたりにうずくまった。
いや、「惡しかりー」って本当に蘆が出て来たぞ。刈るのか? 刈っちゃうのか、潤一郎!
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