『彼岸過迄』を読む 4349 黒の中折れを巡って「色変りよりほかに用いる人のない今日」とは?
何度読み返してもよく分からないのは、田川敬太郎の探偵の下りで、途中でどうも目的が入れ替わり、殆どまぐれ当たりでことをし遂せたような書き方になっていることだ。
田川敬太郎が松本恒三の黒子を確認するのは宝亭に入った後である。つまりそれまで、
①「今日四時と五時の間に、三田方面から電車に乗って、小川町の停留所で下りる」
②「四十恰好の男」
③「黒の中折に」
④「霜降の外套を着て」
⑤「顔の面長い」
⑥「背の高い」
⑦「瘠やせぎすの紳士で」
⑧「眉と眉の間に大きな黒子がある」
……という条件のうち精々③「黒の中折に」と⑥「背の高い」ぐらいが確かなものの、②「四十恰好の男」や④「霜降の外套を着て」はいい加減なまま、①「今日四時と五時の間に、三田方面から電車に乗って、小川町の停留所で下りる」や⑧「眉と眉の間に大きな黒子がある」という条件は無視して宝亭に入ったことになる。
実際田川敬太郎は殆ど黒の中折を頼りに確証バイアスという認知バイアスに陥る。だが、はて「色変りよりほかに用いる人のない」とはどういうことなのだろうか。ただ「中折帽」と言われた場合、それは何色を指すものなのだろうか。
これは明治四十一年の記録である。
これは大正十二年の作だが、描かれている時代は不明だ。電話やトラホーム、衛戍病院などが現れることから明治後期以降、「黒い外套を来た湯女が、総湯の前で、殺された、刺された風説は、山中、片山津、粟津、大聖寺だいしょうじまで、電車で人とともに飛んでたちまち響いた」とあることから、富山電気軌道の敷設された大正二年九月以降の設定ではあろうとは考えられるものの、ずばり何年とまでは決められない。
そして例えば青空文庫内で調べてみると、中折帽の色に関しては、茶と鼠と黒が同じ程度現れ、圧倒的に色の説明がないことが多いことが解る。
このような記述が見つかったものの、昭和十年では少し時代が離れすぎていようか。
これは時代は近いが、支那の話だ。
これは土耳の話だ。ただ両国の場合、そもそも「黒の中折れ帽」が出てこない。当地では「黒の中折れ帽」生産も流通もしていないのではなかろうか。
寺田寅彦の『蓑田先生』、芥川龍之介の『父』、石川啄木の『足跡』に現れる「黒の中折れ」はそれぞれ明治二十七八年、明治三十五年、明治四十年という古い時代の記憶である。やはり明治四十五年、高等遊民の溢れた日本では黒の中折れは少数派だったのでは……、と印象操作したくもなる。ところが残念ながら昭和十年の山本周五郎『黒襟飾組の魔手』に「黒の中折れ」が出て來る。
いや、ここで「黒の中折れ」はむしろ私立探偵の特徴として描かれていないだろうか。白麻の夏服に「黒の中折れ」が特徴的であることを作者自らが「黒ソフトの私立探偵」という章タイトルで強調している。
漱石の「色変りよりほかに用いる人のない今日」とは如何にも大胆な時代感覚だがこれはむしろ、
……と廂髪に対する早すぎる一般化を見せる田川敬太郎の資質を現す仕掛けではあるまいか。実際千代子はこの後、島田に結う。小間使いの作は銀杏返しに結っている。年寄りは丸髷だ。「色変りよりほかに用いる人のない今日」という判断にいかほどの根拠があったのかは不明ながら、いずれにせよ田川敬太郎の認知バイアスなしに探偵は成功しなかったことだけは確かである。
[余談]
細かいことはどうでもいいじゃない、という人がいるかもしれないけど『早春』と『アグニの神』では「箒」の意味がまるで違う。意味が違うのに気が付かないで意味が解るわけはない。大抵の人は読んでいるのではなく眺めているだけだ。それが許されるのは眺者だけだ。読者は眺めるのではなく読まなくてはならない。眺者に読書感想文は書けない。書けるのは眺書感想文だけだ。
だから五分刈りだって。関係者全員原作読んでないだろ。それとちょっと悪意あるやろ、この造形。そういうことじゃないんだよ。Kは飽くまでピュアなんだよ。それが解らないやつは馬鹿だ。
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