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芥川龍之介 大正六年五月十七日 俳句一句  古恋

西鶴は一代男がいるんだが困つたこんど日曜でも午から遊びに来ないか

 偶感

花曇り捨てて悔なき古恋や


[大正六年五月十七日 松岡譲宛]



※なんともよく分からない状況だ。

①小説の資料として井原西鶴の『好色一代男』が要るんだが手元にないので困ったものだ

 ……奇書でも何でもないのですぐに手に入るだろう?

②ここにまるで井原西鶴の『好色一代男』の世之介のような龍之介が居るのだが性欲をもてあまして困ったものだ

 ……もしそうなら呼びつけられる松岡は冷や冷やものだ。何をされるか分かったものじゃない。

 そしてやはり、「古恋」? と思ってしまう。これが塚本文子への思いだとしたら、あまりにもぐらぐらしすぎているし、この期に及んで、

 このことを云っているのだとしたらやはりくどすぎる。花曇りは桜の咲くころなので五月では遅すぎる。もう笹ちまきでも遅いくらいだ。

 偶感とはたまたまある事が心に浮かぶこと。たまたまにけちをつけてもしょうがないが、

たまたまに君を誘うやまどひびと

[追記]
 
 芥川の手帳によれば、この四日後、二十一日に『鼻』を書き上げることになる。失恋の傷冷めやらぬ中、人生を決定づける作品が書かれたというのは何とも感慨深い。少しも色気のない作品のようで、あれには大きな一物を持て余す男の姿があり、一度縮んでもやがて丸ビルになる運命が秘められていたのか。


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