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芥川龍之介 「漱石先生の長逝を悼む」

こうやって手紙を書いていても先生の事ばかり思い出してしまっていけません
逝去されたあくる日に先生のお嬢さんの筆子さんが学校へ行かれたら国語の先生の武島羽衣が作文の題に「漱石先生の長逝を悼む」と云うのを出したそうです
そうしてそれを黒板へ書きながら武島さん自身がぽろぽろ涙をこぼすので生徒が皆泣いてしまったそうです
それから又先生の主治医の真鍋さんは医科大学の先生をしているんですが対学生は皆大山さんの容態などは一つもきかずに先生の病状ばかり気にしてききに来たそうです。そうして真鍋さんが先生を診察する為に学校を休むからと云うと大学生は皆口を揃えて「自分たちの授業なぞはどうでもいいから早く行って夏目先生の病気をなおして上げて下さい」と云ったそうです
そう皆に大事に思われてもやっぱり寿命は寿命で仕方がなかったのでしょう
実際もう一年でも生かしてあげたかったと思いますが

なんだかすべてが荒涼としてしまったような気がします
体の疲労が恢復しきらないせいでもあるのでしょうか
あした早く起きなければなりませんからこれでやめます


[大正五年十二月十三日 塚本文子宛]


実際もう一年でも生かしてあげたかったと思いますが、って君もやで。

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