『三四郎』の謎について29 与次郎は何故美禰子に惚れないのか?
ここにも書きましたが、これもあまり指摘されることがない要素です。
原口もモデルとしての美禰子に魅力を感じているだけで、自分が美禰子を嫁にもらおうとは積極的に考えないようです。例えば浜辺美波さんとか、今田美桜とかが身近にいて、嫁に貰うかどうかは別として、客観的に評価できるなんて男がいるんですかね。大抵は目が眩むのではないでしょうか。
どうも美禰子はその域にありませんよ。精々オセロのレベルです。そうです美禰子はオセロの中島知子で、よし子は松嶋尚美なのです。しかし浜辺美波さんも中島知子さんも五十年後の世界ではただの架空のお婆さんです。美禰子はいつまでもハイカラな美人あり得ます。
この原口の説明では里見美禰子の目が大きいのか細いのか判然としませんね。美禰子の顔はこのように説明されます。
この話者は比較的三四郎の顔面に張り付いているでしょうか。里見美禰子は象や鯨の系譜ではないようです。かなり褒められています。里見美禰子はやはり「美人」なのではないでしょうか。作中「二重瞼」の文字は八回登場し、全てが里見美禰子の描写に使われます。
一方野々宮よし子の顔は目が大きいだけで、後は貧相に描写されています。汽車の女も、
……と描写されていますので、小川三四郎の好みとしては目が大きいことは共通していて額・鉢に関しては揺れがありますね。
佐々木与次郎は、
……と客観的に捉えます。この「辣薑性の美人」とは
……使用例が少なすぎるので簡単に決めつけてはどうかと思うのですが、いわば色白の西洋人に通ずる美しさということなのでしょうか。佐々木与次郎は小川三四郎に対して野々宮よし子を推します。ということは佐々木与次郎は野々宮よし子のことも眼中にないようです。ただ目が大きいことから原口には絵のモデルとして狙われています。
佐々木にとってはどちらかと言えば野々宮よし子の方が美人に思えていたのかもしれません。
反っ歯というのは出っ歯の事ですね。佐々木与次郎と小川三四郎の間で見解が分かれていますね。事実はどうなのでしょうか。経歴から考えると、里見美禰子を見た回数では佐々木与次郎の方が小川三四郎より多い筈です。とすれば何かの機会に三四郎の見たことのない角度から美禰子の口元を見たことがあるかもしれません。三四郎に対して美禰子は常に言葉少なに短い会話をしていますが、女同士ではそうでもないかもしれません。ついつい唇がめくれて前歯がむき出しになる事もあったかもしれません。あるいは今の美禰子が仕上がる前の、粗野な美禰子を知っている可能性もあります。
大体人間の顔など曖昧なもので、パンストを被っただけで簡単に不細工にできますよね。風が吹いても変わります。美人でも変顔で出っ歯の真似ができますよね。
そう考えていくと「反っ歯」の件に関しては事実としては佐々木与次郎の意見が正しい可能性が高く、少なくとも佐々木与次郎は反っ歯の里見美禰子を見たことがあると考えてよいでしょう。
するとどうなりますか。
まず里見美禰子は色黒(狐色)ですからけして万人受けする美人ではないわけですよね。アグネス・ラムの登場という画期的な事件も、単なる偶然で、アグネス・ラムの資質だけでブームが起きたわけではないと思います。またアグネス・ラムを美人だと思わない人も一定程度存在する訳です。だから美禰子に惚れないのは可笑しいと云う訳ではありません。たまたま九州出身の野々宮宗八と小川三四郎の好みが色黒の女で、里見美禰子が色黒だったからマッチしたというだけだとも言えます。
つまり佐々木与次郎が里見美禰子に惚れないのは不思議でもなんでもないことであり、そもそも何故佐々木与次郎が里見美禰子に惚れないのか、という疑問も謎も存在しないのだ、ということになりませんか。
逆にそのロジックを取れば、佐々木与次郎が真っ当で、むしろ野々宮宗八と小川三四郎の好みが変わっているだけだという見方もできます。
そしてこのロジックから、ある事実が浮かんできませんか。
このりっぱな紳士もだけのグループに入ることになりませんか?
何しろ情報が少なくてその正体がよく解らない里見美禰子の結婚相手ですが、
①野々宮よし子にとっては知らない人
②里見恭助の友人
……ということだけは解っています。そして野々宮よし子と写真と身上書を交換していた筈なのにたちまち里見美禰子と結婚してしまうので、余程里見美禰子がタイプだったのかと思われます。
つまり銀行員かどうかは分かりませんが、彼もまた江戸に攻め上ってきた九州人ということにはならないでしょうか?
[余談]
この記事でも書きましたが、『三四郎』って坊主が多すぎませんか。どうもわざとやっていますよね。
こう書かれてもほかの人はたいてい坊主なので、普通がどのくらいなのか分かりません。
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