前回私はこの『吉野葛』の話が後南朝の浪漫から静御前の嘘伝説にすり替わっている、というところまで読んだ。そこまでは何とか、解った。しかしそこから話は津村の母の話になる。幻の母、死んだ母に対する思慕の話である。
祖母が亡くなった後土蔵の箪笥を改めると父と母の生々しい艶書や祖母の手紙が出て来た。津村はそれを繰り返し読む。そして祖母が稲荷の信仰に凝り固まっている事実を発見する。なんやかやあって津村は母の生家、大和の国吉野郡国栖村へ尋ねて行くことにした。津村は母の姉に当る婦人から話を聞くことが出来た。……と後南朝も何も関係ない、津村という男の母の話にすり替わる。
四年ほど新町に奉公し、昆布家から津村家へ嫁いだ。そんなどうでもいい話が続く。津村は母の形見の琴を見せてもらう。そしてどうやら話は津村の恋バナになる。
好きにすれば良かろう、と思うよりない。実にどうでもいい個人的な話にすり替わっている。
なるほど後南朝の浪漫の話が静御前の嘘伝説にすり替わり、旅の目的も津村の嫁探しの話にすり替わる。これをどう読めば「中世ものの傑作」となるのかは謎だが、とにかくすり替わる話であるのは間違いない。稲荷信仰の話もどこかへ消えてしまった。これは谷崎には南朝を吉野朝と呼ぶ南朝正統論などどうでもいいものであり、母の面影のある女を娶ることの方に興味があるのだというアピールなのだろうか。
私には思想なんぞございませんと、そう言いたいのだろうか。
いやいや、そうとも言えまい。結構剣呑なことも書いてある。
京方の討手の味方をした者の子孫には不具の子供が生れる。なるほど、これは天罰だ。
天罰は、神が下すものだ。さて、天罰は下ったかどうか、と谷崎は書かない。ただ伝説を手帳にメモするだけだ。ただ「南朝の宮方が人目を避けておられたとしても」「北山宮の御歌は」と幻の後南朝に対する敬意は隠さないだけだ。 そこにとどまる。