ジョン・ネイスンの『新版・三島由紀夫—ある評伝—』を読む⑬ 三島由紀夫を殺す男
それでもやはり森田必勝が三島由紀夫を殺したのではないか、そう考えている人は決して少なくはない筈だ。私は理屈の上では三島の死は、森田必勝の出現によって確定したのであり、あとはタイミングだけの問題になったと考えている。
ジョンは持丸の離脱が持つ決定的な意味をこう記している。
村松剛によれば、三島の悲嘆は「異常であり、あたかも一人息子を失ったかのよう」であった。
今はもう九月であり、パレードへの招待状は郵送されていた。三島はその中止を考え、一時は楯の会の解散さえも口にした。
楯の会が解散すれば、あの三島の死はなくなる。
チャンス‼
と喜んだところで過去は変えられない。
三島は四十三年七月に入会したばかりの森田必勝を学生長に任命した。森田は持丸の紹介で入会したごりごりの、純粋な天皇崇拝者であった。早稲田の学生寮に入った村上春樹が右翼の総括を恐れて枕の下に包丁を隠して寝ていたわけだが、その右翼のボスが森田だった。従って村上春樹が何とか頑張って森田を刺していればやはり三島由紀夫は死なずに済んだわけである。しかしそううまくはいかない。
そのうちの何人かは、三島に死を決意させたのは森田からの不幸な影響ですらあったという。だが、三島がそんなつきあげを必要としていたとは思われない。
ジョンはこう書いているが、格好の相棒が見つかってしまったこと自体は事実であり、やはり森田がいなければ……。
「彼を覚えていてくれよ。ぼくを殺すただ一人の男だ」
三島はこうも言ったという。
私にはこの森田という男が、安永透と重なって見える。
フランス料理店『ムスターシュ』での夕食の目的は、森田を西洋風のテーブルマナーに馴れさせることにあった。食事は儀式的な厳粛さのうちに進み、三島と瑤子とは森田のマナーを直すことに一生懸命になり、森田もそれに劣らずこちこちになっていたという。
何とも滑稽なエピソードだろうか。西洋風のテーブルマナーに一体何の意味があるのだろう。天皇陛下の晩餐会に招かれる予定でもあるのだろうか。いやむしろ三島はここで、松枝清顕と安永透が西洋風のテーブルマナーを躾けられたエピソードの模倣をして、森田を形式的に養子化していないだろうか。
実際、透を養子とした後、洋食のマナーを教えながら、本多は、「日本で、『育ちがいい』ということは、つまり西洋風な生活を体で知っているというだけのことなんだからね。純然たる日本人というのは、下層階級か危険人物かどちらかなのだ。」と語り、「勲の高貴」が洋食のマナーなどとは無縁であったことを考える。
森田に西洋風のテーブルマナーを教えることには実質的に意味はなかった。結果としてはそうなる。この時瑤子は、間もなくこの子が夫を殺すのだとは気がついていなかっただろう。きっとこの若者は夫に見込まれて、一流の人間として育てられようとしているんだわという程度に見ていたことだろう。
では三島の恋に関してはどうか？
ジョンの見立てはこうである。
最低限いえることは、三島は森田に強烈な性的牽引力を感じていたには違いなく、もしそうでなかったら決して森田を介錯役には選ばなかったろうということである。
最低限に言っているので反論はない。三島にとって森田は最後に現れた特別な存在であったはずである。ではその森田が安永と重なって見えるとはどういう理屈になるだろうか。ある意味森田こそが本当の本物ではないか。しかも森田にナルシシズムはなかろう。森田と安永は全然似ていない。
理屈の上で森田と飯沼勲を重ねてみようとしても脳に弾かれてしまう。少なくとも本多は勲には自分との直接的な関係を迫らなかったからだ。『天人五衰』において、三島は主人公選びに随分迷った。散々迷った挙句最後に選んだのが安永透なのだ。この青年を養子にする下りに関しては、少しは前振りがあったもののかなり強引な成り行きでもあった。思えばただのあしながおじさんでもよかったのだ。しかし本多はぐっと安永透を引き寄せた。西洋風のテーブルマナーを教えること、それは相手を自分好みに育てるという、一種のプレイである。それはある意味セックスよりも深い関係を築く行為である。
ではその結果どうなるのか。
それはまだ誰も知らない。
え？
みんな知ってる？
知ってるの？
[余談]
ふむ。
それでもやっていける？
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