『彼岸過迄』を読む 4382 漱石全集注釈を校正する⑨ 島田は督促髷
日本語だから日本人には通じる、と思いこんで書いてしまうことがある。私は特にそういう書き方をしている。しかし他人の書いているものを読むと、これで意味が伝わるのかと思うことがある。
岩波書店『定本 漱石全集第七巻 彼岸過迄』注解に、
……とある。世界一高精度な翻訳ツールDeepLはこれを、
I like it, it's fine. One of the words often used by female students in the Meiji era.
と翻訳する。これでニュアンスが伝わっているだろうか。
言い方次第だとは思うが、「好くつてよ」の意味は I like it, it's fine.では伝わらないのではなかろうか。『彼岸過迄』では「知らないわ」が省略されているが、本来の流行語は『それから』で用いられた「好くつてよ、知らないわ」であり、意味としては「お好きになさい」Suit yourself. に近いのではなかろうか。
ただし小説などの用例では「好くつてよ」が単独で、OK程度の意味で使われていることも少なくないので、個々に文脈で見て行くしかない。『彼岸過迄』ではOKという意味ではなく、「あらそう」程度の意味と捉えるべきだろうか。
また、岩波書店『定本 漱石全集第七巻 彼岸過迄』注解に、
この点に関してはほぼ槌田満文の『明治大正風俗語典』(角川選書 1979年)の解釈通り、「督促髷」のニュアンスを加えたい。このニュアンスがあってこそ、
この場面の千代子がぐいぐいくる感じが活きて來る。
また、
この場面の切なさが活きて來る。督促髷の女を孕ませて捨て、子供を奪う残酷さが見えてくる。
[余談]
便利なのでいつもは『青空文庫』を利用していて、たまに全集を見ると「あれ」っと思うことがある。
例えば松本恒三の妻は「御仙」なのだが、全集では「御多代」とされている。「三代子」「三千代」をよく間違えるところに「御多代」とは少々やかましい。「松本多代」は「松本伊代」じゃないよと覚えることにしよう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?