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三島由紀夫の『花ざかりの森』をどう読むか② 黒貂は狩りつくした
※見出し画像は島津久光公とゆかいな仲間たち
結局手首の柔らかさなのだと思う。書きなれている人の文章というのは、手首の柔らかさ、しなやかさを感じさせてしまう。その人の呼吸が伝わる。良くも悪くも書けてしまうというのはそういうことだ。中身があろうがなかろうが、雨が降ろうが振らまいが関係ない。
祖先とは何者
わたしが邂逅する祖先は不思議な姿をしている。
なぜなら「その人」は、度々、背広を着た青年であったり、若い女であったりするからだ。と云って思いすぎてはいけない。かれらはみな申し合わせたように、地味な、目立たない、整った様子をしている、たいへん遠くからわれわれに微笑をつたえてくる。まるでわれわれのなかにそうした微笑だけをひきつけてみせる磁石でもあるかのように、その微笑は、だが切ない、憧れにも近いようなひたむきさを見せている。……
足があるかどうか、平岡公威くんは書かない。祖先はお化けの姿では現れない。老人でもなく昔の衣装も着ていない。この書きようからは髪型も現代風だろう。しかしおそらく多くの男性が坊主頭であった特殊な一時期に世間が向かっていたこの作品の執筆時期、背広を着た青年は坊主では無かろう。
どうもこの祖先は祖先そのものではない。いや、そうではないな。現に自分の祖先といった直接見たことのない曾祖父、曾祖母の固定化した肖像写真でも肖像画でもないということだ。現代風に姿を変え、いきいきとした姿として現前する。
しかしここはまだ前置きである。
汽笛から汽車に
生まれた家では、夜おそくよく汽車の汽笛がひびいてきた。天井板のこみいった木目におびえて、ねつかれない子どもの耳に、それが騒音というにはあまりにかぼそい、何かやさしい未知の華やかさのようにきこえてきた。ちょうどそれは、おもいがけないとおくでさざめいている都の夜のようなものである。
「その一」はこう始まる。「序の巻」が「この土地へきてからというもの」で始まることから考えると、これは別の土地である。そして追憶は「現在」のもっとも清純な証なのだと云っていた大人の「わたし」の追憶が始められようとしていることが解る。しかし追憶がゆめの話なのであまりにもおぼろである。普通思い出は忘れられない明確な出来事に集中する。そしてそういう事件こそが摘ままれる。嘘でも本当でも追憶はそうした類型を持っていた筈だ。何百回も食べたある朝の卵かけご飯の追憶というものは普通はない。夢の追憶、それは何か大きな事件から気を逸らそうというのでなければ、決して書かれ得ぬものだ。
ここにいる「ねつかれない子ども」は昔の「わたし」であろう。しかもかなり幼い。
子どもはひとり寝の夢の隙間に、けんめいにはいりこもうとした。
ここで「わたし」は「わたしは」と言わず「子どもは」と云ってみる。祖先との邂逅が描かれるはずが、追憶の中で「子ども」の自分と出会う。
そこでは現実の音がゆめの姿をしているのであった。
夢と覚醒のあわいの不確かさを平岡少年は適切にこう表現してみる。本多が最初に透にあった時、透は十六歳。昭和十六年、十六歳で平岡少年はこんなことを書いてみたのだ。
すると汽車は、——花野のひとひを笛のような音を立ててのがれてゆく秋風のように思われた。
このロジックの先には秋風が残る筈である。音の画が転じるのだから、汽笛の音が秋風に転じた。そう思えば、そうはならない。
雪のふりはじめた北国の小駅を、 ——たくさんの青い林檎の箱やもっととおい海からはこんできた鮭なぞを載せて、その小駅を出、(客席のあいだにコンロをおき、襟巻をした娘や耳覆つきのラッコ帽子をかぶった老爺などをのせて)——早咲きの山茶花の村や、煙りまれな、さびれた工場町やを、哀しみにも目を向けず、自分勝手にはしってゆく冷淡な汽車のありさまを、すぐさま心にうかべた。
この耳覆つきのラッコ帽子をかぶった老爺が後のベレエ帽の老人……ということもあるまい。
それにしても汽笛の音が秋風に転じたと思えば、それをまた冷淡な汽車に置き換えて見せるこの少年は、何者なのだ。
この少年はもしかすると三島由紀夫みたいな凄い作家になれる素質を持っているのではなかろうか。
全然難しい言葉ではないけれど書き写してみると「花野」とか「小駅」なんていう言葉の使い方にいかにもセンスが感じられてしまう。知っていても使えない言葉の領域というものがあって「花野」とか「小駅」なんていう言葉はそちらに格納されているものだ。
……と、ここまで書いたところで突然chormeが暴走して全部のサイトからログアウトしてしまい、再度ログインし直すのにべらぼうな時間がかかってショートメッセージが阿呆みたいに送られてきて疲れたので今日はここまで。
[余談]
この中から「自動車」の画像をすべて選んでくださいいう奴、あれ紛らわしいな。むしろ間違えてこそ人間ちゃう?
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トレンドにハイデガーって、……
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