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ピカチュウダンスが示唆する原著作権者の二次創作との新たな関わり方


はじめに

ピカチュウダンスの動画を見て、この動画が著作権者のと二次創作との革新的な関わり方を示唆していることに気付いた。
調べた限り同じことを言及している人が誰もいないので、このnoteに記すことにした。

ピカチュウダンスとは

ピカチュウダンスとは、2019年に公開された映画「名探偵ピカチュウ」の下記リンクのPR動画のことである。

この動画は大部分がCGのピカチュウが15秒程度のダンスを延々ループするのだが、尺が1時間42分で、かつ冒頭1分は映画本編の映像であることから、映画本編丸ごと流出したのか?と興味を引くつくりになっており、公開当時バズっていた。
「名探偵ピカチュウ 流出」と検索してもらえば、当時のネット記事を多数確認することができる。
又2023年3月時点で約3800万回再生されていることからも当時のバズりっぷりがわかると思う。

このnoteの主題

本編流出を匂わせるという話題性の作り方が非常に優れていることは語るまでもないが、筆者がこのnoteで触れたいのはそこではない。
この動画は原著作権者の二次創作との革新的な関わり方を示唆していると筆者は考える。

革新的な関わり方とは、「二次創作を黙示的に誘引する」という関わり方である。

これがこのnoteの主題であり、必要な前提知識から順々に解説する。

著作権と二次創作

思想又は感情を創作的に表現したもので、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものを「著作物」と言う。

「二次創作」とは、このnoteの中では、ある著作物をさらに創作的に改変した創作物を指す。(法律上規定される二次的著作とは必ずしも一致しない。)

著作物を何ら改変せずにそのまま転用や転載する行為は二次創作ではなく、今回の趣旨とは異なるので取り上げない。

著作物を創作した者(著作者)は著作権を有する。
著作権は、翻案権や二次的著作物の利用に関する権利など種々の権利の束であり、細かい説明は省くが、著作者の許可を得ずに私的利用の範囲を超えて二次創作を作成することはできない。

又、このnoteの中では、二次創作の創作元になった著作物を「原著作物」、その原著作物の著作権を有する者を「原著作権者」と言う。

二次創作の代表例

一口に二次創作といっても、複数の種類ある。

代表的なのはコラ画像、MAD、同人誌等である。
コラ画像は、漫画等の画像の一部を改変したタイプの二次創作である。
グラップラー刃牙の「オイオイオイ死ぬわアイツ」や「ガイア」のコラ画像は原作を読んだことがない人も一度は見たことあるのではないだろうか。

漫画グラップラー刃牙のオイオイオイ死ぬわアイツのコラ
漫画グラップラー刃牙のガッ…ガイアのコラ

MADは、様々な画像、映像、音声素材を組み合わせたタイプの二次創作である。
最近だと帝京平成大学のMADなどが有名である。

同人誌は、漫画やアニメ、ゲームなどの原作品をベースに描く二次創作である。

他にも多数の種類の二次創作があるがきりがないので割愛する。

従来の原著作権者の二次創作との関わり方

二次創作に対する原著作権者の対応は複数の種類がある。

一つ目は「黙認(放置)」である。
二次創作の大半は、著作権者のビジネス上の利益を害するわけではなく、著作権者もわざわざ費用も時間もかかる権利行使をするメリットがないので、黙認(放置)されることが多い。

又、如何なる著作物も消費者に認知されないと収益につながることはない。
つまり、二次創作は原著作物を勝手に宣伝してくれているとも言える。

著作権者が放置している二次創作は、著作権者の利益になるから放置されているという見方もできる。

二つ目は「差止め」である。
二次創作の中でも、公式の販売しているものと競合するグッズや、原作の風評やイメージを損ねるものなど、放置していると著作権者の利益を害するものがある。
そうした二次創作へは、著作権を行使して差止めや損害賠償請求等が行われる。

三つめは「明示的許可」である。
一定の規約、条件のもと二次創作を明示的に許可することもある。
公式のファンアート募集がわかりやすいかと思う。

従来の原著作権者の二次創作との関わり方で重要なのは、二次創作の内容や二次創作がどれだけ発生するかについてはアンコントローラブルな(明示的許可においても禁止事項を定めるにすぎず、二次創作の内容や方向性を積極的に決めるものではない)ことである。

上述した内容を整理すると、二次創作と原著作権者の従来の関係は以下の図の通りである。

従来の原著作権者と二次創作の関わり方の比較図

ピカチュウダンスが示唆する新たな関わり方

ピカチュウダンスの動画の二次創作と著作権者との関わり方は、先述した従来の3つの関わり方のどれでもなく、ピカチュウダンスは二次創作を意図的かつ「黙示的に誘引」していると考えられるのだ。

なぜ筆者がそのような考えに至ったかというと、ピカチュウダンスの動画を分析すると二次創作が異常なほど作りやすい内容となっているからである。

ピカチュウダンスの二次創作

ピカチュウダンスの動画が公開されてすぐ、SNSでBGMを差し替えた10~30秒程度の動画(二次創作)が多数アップロードされていた。

↓参考例
https://twitter.com/ninod_ra/status/1263808768128585728

(当時はもっと多数あったのだが、さすがに時間が経ちすぎて投稿やアカウントが削除されたり埋もれて見つからないものが多い。残念。)

二次創作の作られやすさ

どのような原著作物が二次創作が作られやすいのか、段階に分けて考えてみると、二次創作が生み出されるまでには大まかに「アイディアを想到し」「実際に作製する」という2つの段階がある。

まず、二次創作のアイディアを想到できなければ二次創作が作られることはない。
逆に言えば、二次創作のアイディアを想到しやすい(想到容易性が高い)原著作物ほど二次創作が作られやすいと言える。

例えば先述した刃牙の2つのコラを例にとると、オイオイオイ死ぬわアイツの場合は複数のセリフを考える必要があるのに対し、ガッ…ガイアの場合は一つのセリフを埋めるだけでよいので、後者の方が相対的に想到容易性が高いと言える。

次に、二次創作のアイディアを想到しても、それを実際に作製することが困難であれば、そのアイディアの二次創作が実際に作られることはない。
言い換えれば、制作のハードルが低い(作製容易性が高い)ほど二次創作が作られやすいと言える。

例えば、複雑な動画編集が必要なMADや絵を描く技術が必要な同人誌よりも、1枚の画像の文章を改変するだけのコラ画像の方が作製するハードルが低いと言える。

つまり、アイディアを想到しやすいかどうか(想到容易性)と、実際に作製しやすいかどうか(作製容易性)、この2つの要素が二次創作の作られやすさを決めると考えられる。

ピカチュウダンスの二次創作の作られやすさ

ピカチュウダンスの場合は、差し替えるBGMを想到するだけでよいのだから、直感的に想到することができ、文章や題材を考える必要がある刃牙のコラよりもさらに想到容易性が高いと考えられる。
さらに言えば、音楽の差し替えというのは言語に依存しないので、二次創作者の言語圏が限定されずに想到しやすいという点でも優れている。

又、ピカチュウダンスの場合は、音楽を差し替えて必要な尺に調整するだけでよく、動画編集技術は必要だが、動画編集の中でも初歩の初歩の編集技術で作製することができ、作製容易性が高いと言える。
さらに言えば、ピカチュウダンスの動画は尺が2時間近くあるため、どんなBGMにも映像尺が足りなくなることがないのでトリミングするだけで良いという点でも優れている。

黙示的誘引という関わり方

以上からわかるとおり、ピカチュウダンスの動画は、二次創作の作られやすさの指標である想到容易性と作製容易性の2つともが極めて高い著作物である。
つまり、ピカチュウダンスの動画は音楽を差し替えた二次創作を作製することを黙示的に誘引していると言える。

先述したように、二次創作には他者が原著作物を勝手に宣伝してくれるという側面が存在する。
そして、二次創作が作成されてSNSに公開されれば、二次創作を見たさらに別の他者が三次創作を作成し、三次創作を見たものが…という循環が発生しより高い宣伝効果を発生させることになる。

そして従来、二次創作が多数作られるのは、偶発的に二次創作が作られやすい条件が揃った原著作(先述した刃牙のコラ等)の二次創作が盛んに作られるようになるケースや、MADや同人誌やファンアートのような原著作に並々ならぬ熱意をもった者が二次創作を作るケースがほとんどである。

ピカチュウダンスの動画が示唆する黙示的誘引という新たな関わり方は、意図的に二次創作の作成を促進することで、生み出された二次創作による宣伝効果を享受できるという効果がある。
又、二次創作の内容の方向性を黙示的に誘導することで、原著作に損害を及ぼす二次創作の発生を防ぐという効果がある。

上述した内容を整理すると、黙示的誘引を含む二次創作と著作権者の関係は以下の図の通りである。

黙示的誘引を含む原著作権者の二次創作との関わり方の比較図

最後に

法的にはグレーゾーンであり従来アンコントローラブルであった二次創作に対して、あえて二次創作が作られやすい原著作物にすること、そしてそれにより宣伝効果を享受するという発想と手法は非常に斬新で革新的であると言える。

ピカチュウダンスの動画ほど二次創作が作られやすい条件が揃っている(想到容易性と作製容易性が高い)著作物は筆者は他に見たことがない。
そのため、あくまで筆者の推測ではあるが、ピカチュウダンスの動画の著作権者は先述した宣伝効果のために意図的に「黙示的誘引」ができる動画にしたと考えている。

又、意図的であるという筆者の推測が正しいと仮定すると、キャラクタービジネスの世界的なトップであるポケモンというコンテンツを運営する企業が二次創作に対する革新的な関わり方を見出し実現した柔軟さに感服せざるを得ない。

筆者が伝えたい内容は以上で全てである。
このnoteに記した内容が読者の参考になれば幸いである。


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