見出し画像

黒幕は、あなたの側に。

一目惚れした彼女は、カレーが好きだった。

とびきりの美人。でも料理はしない。そんなあの人(Tさん)が唯一作るのが、無水カレーだ。しかもルーではなく、カレー粉を入れる。偶然、私も無水カレー(かつカレー粉を使用!)を作り置きしており、出会った直後から共通の話題で盛り上がった。

Tさん「かわかみくん、今日は何食べたの?」
私「いつものストックカレーですよ」
Tさん「えーまたー?笑」
私「(かわいい…)」

私の心は、Tさんに振り回されていた。空を見上げ、腹の底から笑うTさん。鼻をすすりながらも、決して涙を流さないTさん。天気のように移ろう表情は、どれも美しかった。

だがTさんには、彼氏がいた。私はこの事実を知りながらも、告白してしまった。自分の手に入らないTさんを、好きでいつづけるのが苦しかった。

同じ時期から、今も続く深刻な悩みを抱えていた。

おならがくさい。

あまりの硫黄臭なので、自己紹介では「主食は腐ったゆで卵です」と言うか迷うほどだ。原因として、研究室(私は大学4年生だ)のストレス、それにともなう食生活の乱れが考えられる。とはいえ、平均的な一日の献立は、朝:作りおきカレー、昼:大学の食堂、夜:冷蔵庫の余り物、と健康的だ。夜食は週2のお菓子くらいで、腐ったゆで卵は口にしたことがない。

私より偏食している人は大勢いるだろう。そして彼らの多くは、私よりも臭くない屁をこく。だから、私の臭いも一時的だと思っていた。なのに、半年以上なおらない。こうなると、習慣的に食べているものが疑われるが、その正体はわからずにいた。

ある休日、おならが特に多かった。まるで30分おきの公園の噴水ショーだった。夕方、私は行きつけの喫茶店に向かった。無論、ガステロ行為を働くためではなく、おいしいご飯を楽しむために。

お会計の時に、マスターと自炊の話をしていた。

私「休日にまとめて作っているんです。今日は6日目のカレーを食べました!」
マスター「え!?私は、カレーは2日までだと心得ています」

ぜったい、ストックカレーだ。

友人との絆に亀裂が入った決定的な一言を思い出したかのようだった。確証など何もないが、直感がそれだと告げていた。ぜったいに、ストックカレーである。

ワインみたいに寝かすほどおいしくなるんじゃなかったの?ちゃんと冷蔵保存してたし、6日目でも色もにおいも味も変わんなかったじゃん!静かに腐らないで、はっきり主張してよ!

曖昧な態度の彼に高ぶる彼女のごとく、私はストックカレーをなじった。思えば、人前でおならを我慢した半年だった。どんなに楽しい話をしていても、意識の数%は肛門の開閉に割かれていた。だが、この暗闇のトンネルにも一筋の光が差した!一時的にストックカレーから距離を取れば真実が分かる!

Tさんにフラれたのは、おならの臭いではない(はず)。だが、次の恋に向かうため、自分に自信をつけるため、腸内環境を再整備したい。

かげる屁を、ここう。

P.S.
作りおきしたカレーを食べるのは2日目までにしたところ、すぐにおならの臭いが消えた。半年の呪いから解き放たれた腸内細菌たちは、ベートーベンの第九を合唱しているに違いない。マスター、ありがとう。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?