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月日は巡る

お疲れ様です。

いよいよ2週間の教育実習が始まりました。言葉にできないような漠然としたでかい不安を抱えて、通勤通学ラッシュの電車に足を踏み入れ、耳元では高校生の頃聴いていた歌が流れていきます。
やっと昨日で半分乗り越えたのですが、金曜日の昨日はともかくとして毎日泣きながら実習先の母校に向かい、バタバタとやるべきことを仕上げ、必死に定時または定時ちょい後に帰宅。その日の出来事を流暢に家族に話したかと思えば、晩ごはんも口を通らず泣きながら23時までには床につく。そして朝6時半起床。この繰り返し。

…実は、私はここ6年ほど、月曜日から金曜日、朝から夕方までずっと学校や仕事に行き続けたということがなくて。高2のちょうど今頃から起立性調節障害で早起きができなくなり、如何せん朝が本当に嫌いでした。高校の後半は朝から学校にいることはまあなく、そのままコロナ禍のオンライン盛りで迎えた大学1年生も家で授業開始ギリギリにパソコンを開けば大丈夫。そんなノリ。大学2年からは週に数回、早くても8:30に起きる日々で、社会のルールのような何かを忘れていました。
規格外の活動量と受験の圧に潰された高校生活も何とかストレートで終わり、オンライン授業で早起きとは縁遠い温室でぬくぬく療養し、気づけば社会人が目の前に迫る、そんな時期でのこの実習でした。先に実習に行った同い年たちも口を揃え「しんどい」「ブラック」という始末。心配じゃないですか。そもそもこんな社不が早起きタスク盛り沢山の闇深daysに耐えられるとでも?
A.無理(予想)

要はそんな理由で毎日不安に押し潰されて泣いていました。ラスト週はどうなるのか知りませんが、今フリーの土日をひしひしと噛み締めています。明日からまた5日間もなかなか辛いものはありますが、半分すぎたと思うとまあ、、と思えるような。(?)

高校生たちを見ていると、見ている世界は狭いものの、その彼らが持つ可能性は無限大だなあと実感させられます。大学生ももうすぐ終わろうとしている今、大人の世界を沢山見てしまった私には、彼らはあまりにも眩しい。子どもの視野の狭さは無知から来ている。一方で我々大人の視野の狭さは諦めによるものなんだな、って。
挑戦が億劫になったのもあのとき体調を崩してから。セーブは必要だったとは思うけど、あのとき挑むことを諦めていなければ何か変わっているのかも?と思ったり思わなかったり。

思うことはたくさんありますが、まとめは勿論実習終わりにいたしましょう。今回の1曲。

不完全な思いも 如何せん大事にしたくて
不安だらけの日々でも 愛してみる
感じたことのない クソみたいな敗北感も
どれもこれもが僕を つき動かしてる

「ライラック」/ ♪Mrs. GREEN APPLE

またミセスかよ、というのはさておき。
「青と夏」がリリースされたのは高校2年生の頃。リアタイはしていなかったけど高3の頃なんか狂うくらい聴いたし、聴いたら文化祭の情景がシーブリーズの匂い込みで浮かぶくらいにはなっていました。それから6年。今私は高校2年生を担当しています。学校にも慣れてくる頃。受験のプレッシャーもまだ少なく、伸び伸びと毎日を過ごしている頃。私もその中で色んなことにチャレンジしました。

夢を見ることを忘れていた。確かに私は、私たちは、高校時代という群像映画の主役だった。毎日夢を見ていた。今が脇役になったとは思わないが、あの子たちも確かに今、その映画の最中で必死に毎日を生きているんだ。大小なりとも夢を追って。
あの頃作った傷が、あの頃作り上げたものは、確かに今生きている。今どれだけ楽しんでいようと、苦しんでいようと、そしてこの先どれだけ苦しもうと、いつか作った傷やモノが背中を押してくれる日は来る。これ、最後に話したいよね。

アノ

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