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戦後すぐ、小学校では、ノートと鉛筆の代わりに、石板と蝋石を使っていたことがある

(はじめに)


最近、LinkedInの記事で知ったのですが、ドイツ人の友人は、1967年(昭和42年)ごろにドイツの小学校に入った時、ノートの代わりに石板を使っていたそうです。高学年になったら、鉛筆やボールペンではなく、万年筆を使っていたそうです。
これを知って、日本の石板と蝋石のことを思い出しました。

ノートと鉛筆の代わりの石板と蝋石


昭和15年(1940年)生まれの長兄は、戦後すぐの昭和22,23年(1947,48年)ころ、香川県三豊郡の大野小学校入学したてのころ、ノートと鉛筆の代わりに、石板と蝋石を使っていました。でも、高学年になったらノートと鉛筆を使っていたそうです。昭和27年(1952年)生まれの私は、石板や蝋石は使ったことはありませが、家に保管されて残っていた黒い石板と白い棒状の蝋石を見たことがあります。きっと、終戦直後で物資が不足していて、大正時代に使っていた昔の石板を、この小学校では一時的に復活させたのじゃないかと思います。
 
三十年くらい前のテレビで、アフリカの奥地の村の小学校の生徒が、石板と蝋石を使って勉強しているのを見た事がありますが、それが最後です、私が見たのは。
 
そこで、皆さんに質問です。皆さんの中で石板と蝋石を実際に使ったことがある方おられますか?石板って何っていう方は、冒頭の写真をご覧ください。蝋石の方は、今も何かの需要があるのか通販で売っていますので、そちらをご覧ください。

因みに、私の高校の同級生からは次のような返事をもらいました


〇川さん
今でも、鋼材加工をしている業者は蝋石を使っています。鉄に黒い墨で線を引いても見えづらいので、白く描くことができる蝋石を使っています。(なるほど、こういう需要があるのですね。)

□水さん
子どもの頃、蝋石は鉛筆と同じくらい家にありました。それで子供たちはコンクリート土間などに絵を書いていました。大人の方の用途は知りませんでした。石板というものは知っていましたが、わが家にはありませんでした。紙の流通が回復したので、もうわが家には無くなったのかもしれません。
 
ドイツでは小学校高学年から万年筆ですか!そういえば1990年代にドイツを旅行した時、文具店で子供用のシェーファー万年筆が売られていました。日本円で千円以下だったと思います。
 
また、50年以上前の学生時代、(京大)法学部の古い教室では学生のすわる机の上に直径数センチの丸いくぼみがありました。インク瓶を置く場所だったと聞いています。
 

(おわりに、皆さんへの質問)


皆さんの中で石板と蝋石を実際に使ったことがある方や、今も世界のどこかで使っている、見かけた事があるって方、おられますか?
 
 
*なお冒頭の石板の写真は、下記のURLの三重県総合博物館のホームページから引用させて頂きました。博物館に寄贈されたこの石板は、当時、尋常小学校1年生の田中政信さんが使っていたものの様です。
https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/83001046688.htm
 
 
令和6年(2024年)7月24日 随筆

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