【映画感想】ウルフ・オブ・ウォールストリート

20歳すぎのころ、1年ほどマルチ商法をやっておりましてね。

マルチ商法は、自分の知り合いに商品を買ってもらうついでに、その知り合いにも販売員になってもらって販路を拡大するという、世間一般では「友達いなくなるビジネス」として知られているものです。

「売る必要はないんです、"良いものを紹介する"だけなのです」

保育園の頃から幼・小・中・高と同じ学校に進んだ悪友から誘われて訪れたナミナーで壇上にあがっていたスピーカーはそう語っていましたが、実際始めてみると売れなければ怒られましたし、"コーヒー一杯の我慢"、"一日の余った時間"では済まされない程度にその仕事に出費し浸かっていました。

結局全然お金にはなりませんでした。幸いにもマルチ商法では珍しい、最初にある程度の在庫を抱えなくてよいスタイルだったので、失ったものは信用と友達程度で済み、途方もない借金を抱える事はありませんでした。誘った友人とも縁は切れ、おそらく彼が死んでも葬式には行かないだろうな、という程度の溝が出来ました(またわたしのことを同じように考える友人も、同様に少なからず出来たという事です)。

以来すっかり臆病になってしまって、確実にお金がもらえる仕事しか選ばなくなりました。「頑張れば頑張った分だけ」とか「自分の価値は自分で決める」といったようなコピーが躍る求人広告へ募集する事はありません。また見栄を張ったり贅沢をしたりということにも興味が無くなってきて、(もちろんお金を持っていないという理由がまずあるのですが)誰かに見られて羨ましがられたり、自分が持っている事で優越感を得たりするようなアイテムを購入する事もなくなりました。数年前に離婚して今の部屋に越してからは、テレビ・冷蔵庫・洗濯機という三種の神器をどれも買わないまま現在に至ります。


コカインさえあったなら、わたしもあの頃魂を売って小銭を稼げたのかもしれないな。「ウルフ・オブ・ウォールストリート」を観ながら、ぼんやりとそんなことを考えました。


3時間はなげーなーと思って観たんですが、阿呆の所業がこれでもかといわんばかりに詰まってて面白かったです。オリバー・ストーン監督、チャーリー・シーン出演の「ウォール街」とは違い、コメディ映画なので最後の最後まで笑いっぱなし。取引のシーンにおいても、証券知識無くても何となく理解できます。

「確実にもうかる商品です」という売り言葉を別にすれば、主人公のやっている事は極めてまともです。"儲けようと"投資を考えている人、もしくはそんなこと考えてなかったけど"儲かるなら"やってみようかなという人へ証券を売り、その手数料を懐にいれることで収入となります。

当たり前の話ですが、証券である以上「確実に儲かる商品」なんてありません。あったらわたしだって買うもの。価値が上がる事があるということは、価値が下がる事もあるということ。その中でどちらに転ぼうが儲かるのがブローカー。手数料+にわかに高騰したクズ株の売り抜けで稼ぐ人間です。

そして唸る程の金が出来た。どのくらい唸ってるかというと、主人公だけで1週間に1億弱。唸るねぇ。日本の平均的大卒サラリーマンの生涯収入稼ぐのに1ヶ月かからない。お前の年収、ヤザワの2秒!! ってやつですよ。

そうやって荒稼ぎしてた金を荒っぽく使ってたもんだからFBIに目をつけられる。法に照らし合わせれば20年はぶち込まれる犯罪だったのです。何とか刑期を縮めることの出来た主人公に残ったもの、それはお金と「口車で金を稼いだ」という事実でした。証券をさばかなくても、今度はその口八丁手八丁を教える情報商材セミナーを開くだけでお金になる。年収2秒から秒速で1億稼ぐ男となった主人公に見える光景は、クズ証券が可視化されたようなクズ人間の集まりでしたとさ。


蛇足:

多くの人の印象に残る、劇中に出てくる「ペンを売る方法」。

わたし数年前に無職こじらせてて、政府の緊急雇用対策の一環として実施させた職業訓練校に通ってた時期がありましてね。いろんなことを勉強した訳です。それこそ「敬語の使い方」とか「状況で違う上座下座」とか。

カリキュラムのひとつにセールスがあって、担当の先生から受講生へプリントが配られました。

「貴方は電器屋です。顧客にLED電球を売り込んでください」

という問題でした。プリントには従来の白熱電球とLED電球の性能の差も書いてあって、みんなそれを基にウリ文句を考える。先生はお客さんになって、本当に必要か、どんなメリットがあるのかとかを聞いてくる。失礼な言い方だけれど職業訓練校に通っている人たちはやはりそういうのが上手くなくて、言い換えれば純粋な人たちが多くて、「本当に(実物の無い)LED電球を売ろう」と四苦八苦していました。先生から「必要ないよ」と言われて二の句が継げなくなる人や、先生へ「どうにか買ってもらえませんか」と(本気で)哀願する人もいました。しばらくして、私の番が来たのです。

どういう立場で売れ、とは書かれていなかったので、

「やぁ"叔父さん"、俺電器屋で働く事になったんだ、就職祝いにLED電球何個か買ってよ」

と切り出したのです。

急に"私の叔父さん"という役柄を演じることになった先生は咄嗟に「"買うけど"そのLEDはどこがいいの?」と答えてしまったので、「売る」というミッションを果たしたわたしは大いに持て余した残り時間を使って商品のメリットを朗々と謳い、「どうせだったらこの際家じゅうLEDに切り替えようよ、今度の休みに来てやってあげるから工賃は要らないよ」というアドリブまで入れて、1つ売ればいいLED電球をきりがいいからと2ダースほど買わせました。

もし最初の時点で渋ったとしたら、私は"叔父さん"のありもしない過去のエピソードを次々と持ち出して、"それでもあなたは買わないのか"と人格攻撃し、無理にでも買わせていたことでしょう。良かった良かった。

しかしこれは「最終的に先生は相手のセールスがどんなに下手だろうが買う」という着地点があるから出来る話で、現実はそんなに甘くない。良いものだと思ってマルチ商法製品を売っていた過去を持つわたしは、現実世界で仕事をする際には、すっかりものを売るのが下手な人間になってしまっているのです。

天からお金が振ってこないかしら、俺の部屋だけに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?