【映画感想】ルーパー

カタカナで書くと頭が悪い感じがするよね、ルーパー。

未来は人を殺すとすぐバレるの世界だったのでタイムマシンで過去に送って殺していたのだった。

殺すの人も誰にでも出来る簡単なお仕事っぽかったけど、死ぬまでこんなことやってるのも楽しくないので「30年後に絶対殺す、俺を」という契約をすることでお役御免になれてから30年、過去に送られて当時殺すの人だった自分に殺される。

あっ俺だ、殺せない! と思った今の俺の人が30年後の俺の人を逃がしてしまうとさあ大変、ほどなく今の俺の人は殺されてしまって30年与えられるはずの余生事態も無くなってしまうのだった。そんな彼らを人は「ルーパー」と呼ぶ。

しかし中には慌てん坊な人もいて、本人がそんなだから周りにも同じような人が集まってしまったりすることもある。

「おい、大変だ!」
「どうしたんだい、そんなにあわてて」
「このバカ野郎、呑気な顔してやがるなぁ。俺ぁ今日浅草の広小路に行ってきたんだ。そしたら人だかりが出来てやがってよ、ひょいっと中を覗いてみたらお前、何だと思う?」
「なんだ」
「これだよ、これだからお前は人間があんにゃもんにゃだってんだ。死んでたんだよ!!」
「死んでた! 何が?」
「お前だよ!」
「俺か! 俺が死んでたのか!?」
「あーあやっぱりそんなことだと思ってたよ。こいつぁ自分が死んだことも知らねえでやがる」
「まだ死んでるのか」
「まだ死んでるんだよ。往来で迷惑な話だってんで、ちょっと本人呼んできて屍骸を引き取らせますって、さっきそう言ってきたところだ」
「そりゃあ大変だ、そら俺の責任だ」
「わかったか。わかったらさっさと付いてきやがれ」

「ごめんよ、ごめんよぉ!」
「……来たよ。さっき『こいつは俺の知り合いだから本人連れてくる』って訳のわからない事言ってた人だよ。参ったなぁどうも」
「おう! さぁ本人連れてきたぜ。ほれ見やがれ!」
「こ、こいつが俺か……」
「そうだよどうでぇ死んでるだろうが!」
「確かに死んでるな。間違いねぇや」
「分かったらとっととそれ担いで帰るんだよ! 通夜の準備やらなんやらあるんだからよ!」
「わかった、担ぐ、担ぐよ。……よいしょッ!っと」
「どいたどいた! 屍骸通させてくれぇっ!」
「ごめんよごめんよ! 俺の屍骸だっ! 俺の……しかしこいつが俺の屍骸だとすると、担いでる俺は……どこの誰だろうなぁ?」


中盤から主人公がお世話になる家の女主人が夜ベッドでネグリジェの裾をほんの少し、まくり上げようかどうしようかしてる仕草が劇中一番良かった場面です。

「今夜はアイツをネタにオナニーを……いやまて……それならいっそ一発ヤるか……」

ゲコッゲコッ。

彼女のベッド脇に置かれていた小物にピントがあっていなかったので、「ははーん、これらはバイブだな」と勘繰ったのでしたが全く関係なくて、ちゃんと主人公を呼んでセックスを始めたのには不意打ちを食らいました。なかなかのミスディレクションだと思いました。

しかし肝心のセックスシーンは無く、ササッと暗転して次のシーンに行ってしまった。暗転する必要はあったのか、今でもモヤモヤしています。あの場面でジョゼフ・ゴードン=レヴィットは、

「俺が何故ルーパーと呼ばれるか知ってるか? 答えはこの腰使いとスタミナさ!」

などと吠えるべきだったのではないでしょうか。

映画におけるエロシーンの扱いについて、観終わった後に何度も何度も考えてしまう。それこそがまさに「ルーパー」が指す意味であり、監督がこの映画で訴えたかったことではないでしょうか。

おわり

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