金曜の午後、ビールとTraveling
僕とビール
ビールとの出会いは大学に入って間もない頃。苦みとアルコール特有のエグみに少々無理をしながら飲んでいた。周囲が生ビールをピッチャーで頼む中でサワーを頼むのは気が引けたし、この味が分かることが出来れば大人に近づける気がした。(それでも、スーパードライだけはウィルキンソンの炭酸水のような爽快感が味わえてきちんと好きだった)
そんな僕にとって、ヒューガルデンとの出会いは衝撃的だった。オレンジのようなフレッシュな酸味と甘味、そして、エグみのないすっきりした後味。ヒューガルデンと出会ったビールバーで働く友達から、このビールがベルギー発祥であること、修道院にルーツを持つこと、ホワイトビールと言われるジャンルに属することを聞き、あっという間にベルギービールの虜になった。ヴェデッド、ブロンシュ・ド・ブリュッセル、セリス・ホワイト。それぞれのビールが持つ歴史と物語も込みで味わうと、日本にいながら旅行をしている気分にさせてくれた。ちょうどその頃クラフトビールが広く扱われるようになり、中でもヤッホーブルーイングの僕ビール君ビールは当時良く飲んでいた。ヤッホーブルーイングの躍進から程なくして、キリン、サントリー、アサヒの大手もクラフトビールを出し始めたが、強烈な違和感を覚え、時を同じくしてビールへの熱量も段々と下がっていった。そこからしばらくして国立に通うことが増え、出会ったのが「せきや」であり、「国立ブルワリー」であった。
せきやと国立ブルワリー
国立の南口を出てすぐ一橋大学の方向へ歩くと、右手に西友があるビルが見えてくる。そのビル名はせきやビル、そしてその一階と地下一階に店舗を構えるのが、創業100年以上を誇る老舗酒屋、酒卸を営む株式会社せきやである。一階にはタップスタンドがあり、店先で談笑しながらビールを飲み交わすのも国立の日常風景の一つとなっている。銀杏書房のようにセンスの良いセレクトが光る、せきやという店がこの街にあることはとても喜ばしく、誇らしい。そんなお店のタップスタンドで常に飲める国立生まれの醸造所こそが国立ブルワリーである。
未曾有の事態となった2020年に誕生した国立ブルワリーの醸造長、斯波克幸氏は静岡市のブルワリーで3年間醸造士、1年間醸造長として働いたのち、先ほどの酒卸せきやと共に国立ブルワリーを立ち上げた。麦汁を煮沸しない北欧伝統の製法によって作られるRaw Aleは日本でも珍しく、多くの醸造士たちが醸造所へ足を運ぶ。また、近年人気が高くプレミア化しつつあるスムージービールは国立ブルワリーとしてはやらない、など確固たる信念のもと製造されていることが分かる。いわゆる「地ビール」とは一線を画す、こだわりの詰まったブルワリーなのだ。
サンプリングとブルーイング
「音楽を奏でるように醸造する」というコンセプトからも伝わるように、国立ブルワリーのビールが持つ物語には、かつて音楽の道を志しておりDJとしての顔も持つ斯波氏のバックボーンが強く絡んでいる。せきやでビールを買うともらえるノベルティのコースターにはビールごとに詩が綴られている。ラベルデザイン、製法だけでは見えない想いやこだわりが詩によって見えてくることで奥行きが生まれる。ベルギービールに込められた歴史や物語とはまた異なり、ここのビールは空想の世界へと誘ってくれる。最近はDJ単体での仕事も増えているとか。
北欧の伝統的な製法をサンプリングし、生まれ育った街で街の名前を冠したブルワリー(represent 国立…!)を立ち上げる。めちゃくちゃヒップホップだと思う。「YOU ARE NOT ALONE」のリリースパーティーのDJで流していたPUNPEEさながらビールを通じて空想と現実、過去と未来を行き来出来る、そんな稀有な才能を持った醸造長のビールなので、そりゃ間違いない。当然、味も美味い。
ビールを目指してTraveling
そんなブルワリーがあるこの街だからなのか、この街には多くのビアバー・ビアレストランが立ち並んでいる。以下のお店であればどこでも国立ブルワリーを味わうことが出来る。是非、金曜の午後にタクシーに飛び乗って目指してほしい。
SEKIYA TAP STAND(富士見通り)
CRAFT! KUNITA-CHIKA(富士見通り)
Beer cafe 麦と猫(大学通り)
麦酒堂かすがい(旭通り)
ビアカフェ ニンカシ(谷保)
【番外編】スナック水中(谷保)
【1】SEKIYA TAP STAND
老舗酒卸せきやが営むタップスタンド。天気がいい日は国立ブルワリーのビールを片手に国立を散策したい。ビール派ではない友人やパートナーにはワインや日本酒を。
【2】CRAFT! KUNITA-CHIKA
都市農業の活性化を掲げる国立発ベンチャー企業、エマリコくにたちが手掛ける、ビアパブ。採れたての野菜が美味しい。気鋭のブルワリーを呼んだイベントやライブを不定期開催している。となりの「くにたち村酒場」もエマリコくにたちが運営。こちらも非常に美味しいので要チェック。
【3】Beer cafe 麦と猫
2022年春にオープンしたビアカフェ。洗練されたデザインの店内にオシャレで可愛らしい看板が目印。とにかく料理が美味しいのだが、中でもフィッシュ・アンド・チップスは絶品。少々駅からは遠いが、足を運ぶだけの価値が十二分にある。
【4】麦酒堂かすがい
ゆったりした店内で食事とビールを楽しめる国立ブルワリー併設のレストラン。何を頼んでも美味しく雰囲気も良いので、大切な人を連れてきて、ゆっくりと時を過ごそう。
【5】ビアカフェ ニンカシ
保護猫カフェ、谷保ねこの隣にあるビアカフェ。猫カフェに行った帰りにビールを飲む、なんていう贅沢な休日を過ごせる。すり減った体力・精神力が全回復すること間違いなし。
【6】スナック水中
ノンフィクションにも出演した話題のスナック。2022年一橋大学を卒業し、ママとしてスナックを経営する坂根さんはクラフトビール、クラフトジンにも精通している。国立ブルワリーの生ビールは扱っていないものの、瓶で常時数種類取り揃えている。
さいごに
最後にビールを目指して飛び乗ったタクシーで聞いてほしいPUNPEEとJohn Gastroの「Traveling」、そして宇多田ヒカル×PUNPEEの最高傑作「1999」を貼っておく。ビール飲みすぎてやらかした失敗もまた枝分かれした一本の道、ということで。