見出し画像

皆がAlipayみたいになれない理由のいくつか

こんにちは。

マーケティング視点で読解力を高めるノートでは8回にわたり、アフターデジタルの社会とOMOについて読み解いたことをおすそ分けします。第6回は「皆がAlipayみたいになれない理由のいくつか」になります。


【記事化予定】

アフターデジタル社会とOMOを読解するノート
-なんでこのタイミングでQRコード決済-

No.1 OMOプラットフォーマーの定義
No.2 日本におけるキャッシュレス決済の見通し
NO.3 やっぱりQRコード決済は主役でない理由
No.4 誰もが目指す一つのゴールAlipayモデル
No.5 QRコード決済の競争が過熱してしまう事情
No.6 皆がAlipayみたいになれない理由のいくつか
No.7 OMOプラットフォームの必要十分条件
No.8 マーケティング視点でOMOを読解した結果 


1.Alipayはオンオフ統合のOMO事業者

マーケティング視点で読解力を高めるノートをご覧頂いてありがとうございます。11月に入り、毎日ノートを書き起こしていますが、日を追うごとにアクセス数が増え、スキを押下していただくことが増えており、大変励みになります。

さて、アフターデジタルの社会が本格的に日本へも押し寄せてきたことを実感している2019年ですが、これからの流通小売は自社事業のデジタル対応を通じ、どのような取り組みをもって顧客体験をより良いものにしていけばよいでしょうか?

今までのように、最も近いお店だから、という理由で自店舗が選定される時代は終焉を迎えそうです。商圏顧客に対する顧客体験の設計を考えた場合、生活者にストレスを与えず、どのような気分、シーンであっても寄り添い、自然と自店舗を選択してもらえるよう、生活者理解を前提としたお買い物体験を設計する必要があると私は考えています。

例えばですが、会社勤めをされながら、日々の料理を担当する女性をお客様だとした場合、会社帰りに今日のお買い物は何にするか検討する時間があり、従前のチラシだと、通勤時にチラシを持参していかない限り、商品検討のお役にたてないでしょうから、このタイミングを逃さず献立の検討をお手伝いできるアプリや機能提供が必要になります。

また、日々のお買い物にかける時間を短縮したいという希望があるとすれば、会社帰りにどの商品を購入するか決めることができる注文機能があると時短に繋がります。商品の選定から、決済までを済ませておけば、流通小売側でオーダー情報にもとづいてピッキングやパッキングを行い、店頭に設置したロッカーに代金が決済された商品を保管しておくことで、駅から最寄りの流通小売に立ち寄り、袋詰めされた商品を引き取り、帰路を急げるようになります。

また、週末はお買い物をする商店点数も多く、水やお米など嵩がはる、重たいものも購入されると思います。その際は、アプリを使って商品の注文、決済を済ませた上で、お買い物代行サービスを利用することで、自宅まで商品を届けてもらう、という商品購入スタイルが想定されます。

日々のスケジュールや気分、利用シーンの使い分けに応じて、ストレスのない顧客体験を提供することが、OMO時代に対応する際のひとつのアプローチであり、生活者に対し、複数の選択肢を提供することが求められるのではないかと考えられます。

このような顧客体験のデザインは、アリババの生鮮スーパー「盒馬鮮生」(Hema Fresh)で、既に提供されておりますので、その事例をご紹介させていただきます。

こちらの記事によれば、「盒馬鮮生」(Hema Fresh)でお買い物する方は、以下の4つの選択肢からお好きな方法を選択することができます。

(1)来店し、商品をカゴに入れ、専用アプリを立ち上げて「セルフレジ」で決済(Alipayのみ対応)
(2)来店し、商品をカゴに入れ、「現金対応レジ」で決済(高齢者や外国人などが利用)
(3)来店し、専用アプリを立ち上げ、カメラで欲しい商品のバーコードを読み、Alipayで決済して、自宅に配送してもらう。時間指定可能。
(4)来店せず、専用アプリ経由で注文してAlipay決済し、自宅に配送してもらう。時間指定可能。

この事例からも読み取れるのですが、No.4 誰もが目指す一つのゴールAlipayモデル、でもご紹介したとおり、アリババでは、小売店頭で販売する商品情報のデジタライゼーションが日本の流通小売よりも圧倒的に進行しています。

例えば、「カメラで欲しい商品のバーコードを読み、Alipayで決済して、自宅に配送してもらう」という顧客体験を提供しようとすると、商品にバーコードを貼付する作業も大概大変なことだとは思いますが、それ以上に稼働をかけていると想定できることがあります。

まず、店頭で販売している商品別に、読み取った商品バーコードに対応する「価格マスタ」を整備していることはもちろんのこと、「商品情報(容器容量/原材料/原産地/栄養成分/カロリー)」に加え、商品の購入を後押しする「レシピや調理方法」、「商品別のユーザーレビュー(評価やコメント)」といったテキスト情報に至るまで、一つ一つの商品コードと紐づけ、情報整備していることが伺えます。

生鮮スーパー「盒馬鮮生」が新小売(ニューリテール)と呼ばれるのは、いくつか理由がありますが、日本の流通小売と比較した場合、データを活用した事業展開で一歩ないし二歩先行く存在だからではないかと考えています。続いて、彼らが行っているデータを活用した小売事業について紹介いたします。

まず「盒馬鮮生」を利用する商圏の生活者にアプリの会員登録を行ってもらうことが前提になりますが、先ほどご紹介したお買い物の選択肢のうち(2)で紹介した現金決済を除くと支払い手段はAlipay決済となるため「盒馬鮮生」では、どの利用者が何を購入したのか、「購買データ」として収集することができます。

取得した購買データは、例えば店舗別の需要予測に活用し、仕入れの最適化、廃棄ロスの削減に役立ている他、商圏生活者のニーズに基づくオリジナルブランド(PB)の開発も積極的に行っています。また、極めて特徴的なのは単品(個品)単位の流通プロセスをデジタルで可視化(トレーサビリティ)することを通じ、生産地を巻き込んだ無駄のない需給調整により、最適な数量を毎日仕入れることで、機会損失と廃棄ロスを減らし、売り場単位で伝統的な小売業の3倍~4倍の売上を上げています。

私が聞いた、中国視察時のエピソードを一つご紹介します。「盒馬鮮生」では夕方、店頭に大量の生鮮品を陳列するそうです。例えばこの大量の青果は、売れ残らないのか?と担当の方に問うと、「まったく問題ない、売り切る」と自信満々の様子だったとのこと。

どのような方法で売り切るのかという質問に対する回答は以下のとおりです。

1.「盒馬鮮生」はAlipayを利用する自店舗の利用者のIDを取得しており、ID単位の生活者が、毎週何曜日、何時頃に店舗に訪れるのか、どのくらいのサイクルでこの青果を購入するのか、を購買データから予測できている。
2.自店舗の利用者に対し、青果のレコメンド(例えばタイムセールの案内や値引き額)を送る際、何名が反応し、購入に至るか、シミュレーションできている。
3.夕方に品出しをした青果の数量とレコメンド対象者の購入に至る確率から、何名にメッセージを送れば全量を売り切れるか計算できる。

「盒馬鮮生」の担当は、自店の会員の中から、お勤めの方に、会社からの帰路にメッセージを見てもらえるよう、17時に青果購入を勧めるレコメンドを行い、夕食の食卓に青果を並べるため「盒馬鮮生」を訪れた方が、続々と青果を手に取っていき、結果として、大量に品出しした青果は、残らず販売しきって廃棄ロスが発生しなかったそうです。

アリババはオフラインの小売りを続々と傘下に収め、Alipayによって確保した消費者個人の有効なIDを用いて、自グループのオフライン事業で取得したデータを活用(特に購買データ)した事業展開を強力に進めていることが伺い知れるエピソードだと思います。

近い将来、日本の流通小売も否応なしに対応を迫られるアフターデジタルの世界では、一人ひとりの消費行動を理解する取り組みを通じ、コミュニケーションも「広告」から「個告」へ変化していくものと私は予想をしています。

2.生活者の理解の先にあるアリババのマーケティング事業

前項では、アリババが自グループで運営するオフラインのスーパー生鮮スーパー「盒馬鮮生」をフィールドとして、生活者の理解を進め、取得した購買データを活用している事例をご紹介致しましたが、日本でOMOプラットフォーマーを志向する事業者が、Alipayモデル(アリババ)を実現しようとする場合、かなり大きな壁がそびえ立っている、という事実をご紹介します。

現在のAlipayモデル(アリババ)を簡単にまとめましたので、以下の図表をご覧ください。

オンオフ

アリババは、自グループの傘下に、「百貨店/ショッピングモール」、「家電量販店」、「食品スーパーマーケット」、「コンビニ」を収め、店頭(オフライン)の消費行動の結果である「店頭購買データ」を取得しています。

また、当然ことながら祖業でもあるECの領域では、B2BのECサイト「Alibaba.com」、B2CのECサイト「Tmall」、C2Cのショッピングサイト「タオバオ」を運営しており、オンラインでの消費行動の結果である「EC購買データ」も取得しています。

そして、オンライン、オフラインの購買データを、有効なIDで紐づけることで日常の消費行動を見渡し、どの商品を、どこのチャネルで購入したのか、どの程度の頻度とサイクルで、分量はどれくらい購入しているのか、を把握することができます。これを私は消費者の360度行動理解と呼んでいます。

全ての消費活動ではないにせよ、アリババは上記の購買データから、生活者の次の購買活動を予測することができるようになります。「盒馬鮮生」が廃棄ロスなく青果を売り切ることができるのは、蓄積した一人ひとりのオンとオフを統合した360度行動理解のデータから、商品別の購買時期や、購買数量を予測しているからに他なりません。

生活者は日々のスケジュールや気分、利用シーンで商品を購入するチャネルの使い分けを行うため、この360度行動理解は、どこか1社のECサイトのデータだけでなく、店頭のデータも1社分に留めることなく、オンライン、オフラインの垣根をなくし、チャネルを跨いで顧客体験をシームレスに設計し、垂直統合に提供することができているアリババだからこそ成立するモデルではないかと考えています。

もう一つ、アリババのマネタイズポイントである、ToB向けのビジネスでも、オンとオフを有効なIDをもって紐づけたデータと購買された商品情報を精緻に整備しているからこそ実現できていると想定している事業がありますので、ご紹介します。

Alipayモデル(アリババ)のToBマネタイズ例を、以下の図表にまとめましたのでご覧ください。

画像2

Uni Marketingと呼ばれるマーケティングサービスはアリババグループのデジタルマーケティングを手掛ける阿里妈妈(アリママ)が提供するメーカー向けのマーケティング支援事業です。

アリババが有する約4.5億人分のアリペイIDに紐づく、生活者のメディア接触履歴(WEB閲覧)やECの購買データ、店頭小売の購買データを活用したマーケティングソリューションの中で、代表的な4つのサービスをご紹介します。

(1)ブランドデータバンク
オンライン・オフラインの消費者データから、ブランドごとのペルソナ
(消費者像)を作る

(2)Uniストラテジー
顧客のペルソナやセグメント別の購買状況の分析、競合商品の動向把握から
マーケットの理解や商品開発を支援

(3)Uniデスク
広告主や広告代理店向けのデジタル広告配信のプラットフォーム

(4)ブランドハブ
顧客のペルソナやセグメントの特徴に応じたブランドメッセージを検討
クリエイティブ制作の支援

このようなメーカー向けのマーケティングソリューションを考える際、生活者がブランドや商品を認知し、関心を持ち、購買に至り、ロイヤリティを高めていく、というファネルのプロセスにおける情報接触の経路が複雑化していることや、購買チャネルが多様化していることを背景とし、単一のデータではROIやCV(コンバージョン)を高めることは難しいということが容易に想像できます。

従って、アリババが保有するデータはこの領域で利用されるデータとしては、私の考える理想形に近く、Uni Marketingというマーケティングソリューションはオンとオフの行動データをを有効なIDで統合し、360度に近い形での行動理解を可能としたアリババならではのユニークなサービスだと言えるのではないでしょうか。

3.決済データは「何を」まではわからない


ここまでAlipayモデル(アリババ)のオンとオフを統合したデータの活用事例として「自社事業の高度化(OMO)」と「ToB領域のマーケティングソリューション」によるマネタイズ事例をご紹介してまいりました。

この項では、日本においてOMOプラットフォーマーを志向する事業者はオンとオフを跨るデータを活用し、Alipayモデル(アリババ)を模した事業展開が果たして可能なのかどうか、について考察してみたいと思います。

OMOプラットフォーマーが有効なIDの取得手段として提供しているQRコード決済を通じ、オフライン(店頭)の購買データを取得できるか否かについて簡単にまとめましたので、以下の図表をご覧ください。

画像3

結論、QRコード決済を提供する事業者は、アリババと同じ粒度のオフラインの購買データを取得することが適いません。ここはもしかすると勘違いが起きやすいポイントかもしれないので、解説を加えます。

決済事業者が小売店から得られるデータは「決済データ」です。決済事業者が加盟店との間での精算に必要なデータはシンプルに「決済額」のみです。その決済額に手数料率を乗じた手数料差し引き、決済代金の振り込みを行うからです。

この場合、決済の中身として、どの商品が何個売れたのか、という明細データは精算時に必要がないため、決済事業者に引き渡されることはありません。

皆さんが利用されているQRコード決済のアプリで、ご利用履歴をご覧頂ければ、一目瞭然なのですが、「どの店」で「何月何日に」、「何円払った」という情報しかないはずです。決済事業者が加盟企業、加盟店から、ご利用者が購入した明細データを、別の方法でお預かりしない限り、今後も表示されることはありません。

QRコード決済であっても、非接触ICの電子マネーであっても、クレジットカード、デビットといった手段を問わず、決済事業者は、当該決済手段をご利用された方が、「どのメーカー」の「何のブランド」の「何という商品名」で「いくらで売られた」商品を「何点」購入したのか把握する術を持ち合わせていないという事実は、知る人ぞ知る、という訳ではないのですが、衆知の事実という訳でもない、勘違いが起きやすいポイントだと思っています。

さて、ここで確認しておきたいことは、本当に「何を」が分からない「決済データ」では、Alipayモデル(アリババ)を模した事業展開が叶わないのでしょうか?オフライン決済データの事業活用の成否について調べてみたところ、日本における現況が伺い知ることができるインタビュー記事を見つけましたので、ご紹介します。

記事の中で── キャッシュレス決済には、決済事業者がユーザーの買い物情報をデータで管理できるという利点がありますが、データはどのように活用されるのでしょうか。という質問対する回答が、以下の内容です。

福田 いわゆるビッグデータの利活用につきましては、現在、検討中です。キャッシュレス決済のデータだけだと不十分だということは分かっています。どのような消費者が、いつ、どこで買い物をしたか、というデータはありますが、何を買ったかまではわからないのです。

もう一点、活用方法に踏み込んだ問いがあります。── 現状だと、キャッシュレス決済で集めたビッグデータの上手い活用方法が見出せていないのでしょうか?

福田 今はだれも明確な回答は持っていないのではないでしょうか。このタイミングで気を付けなければいけないのは、「とりあえずデータをためています」という事業者です。そのデータが本当に使えるデータかわからないので、コストや人材が浪費される可能性があります。

このインタビューの結果から分かることは、QRコード決済事業者が集める「決済データ」は、アリババが傘下の小売から直接収集し、AlipayのIDに紐づけて統合し、事業で活用している「オフラインの購買データ」とは異なり、最適な顧客体験の設計や、360度の行動理解に基づくレコメンデーション、商品情報を含めたブランドマネジメントやマーケティングソシューションの用途では活用できない、というものです。

QRコード決済は、有効なIDを再取得するという観点において、現状の日本で最もリーズナブルな手段だという判断の下、大小問わず様々な事業者が参入を果たしたわけですが、有効なIDを取得する目的は、STEPを踏んだ先にある、O2Oや広告領域でのマネタイズのためであるとした場合、祖業で得られるECの購買履歴やメディア接触履歴に加え、オフラインの購買データも必要になるのがAlipayモデル(アリババ)です。

現行のQRコード決済事業では事業構造上、確保することが叶わない、オフラインの購買データを取得するための別の手段を講じない限り、皆がAlipayみたいになれそうもない、という結論に至ったことを、このノートの結びとさせて頂きます。

次回はNo.7 OMOプラットフォームの必要十分条件、として、有効なIDの役割とAlipayモデルを成立させる要件について、読解したいと思います。

宜しければ、No.5 QRコード決済の競争が過熱してしまう事情、も併せてご覧ください。

ここまで、ご一読いただきありがとうございます。マーケティング視点で読解力を高めるノートでまとめた電子書籍のコンテンツも、ご覧いただけたら、幸いです。

 マーケティングの視点で見聞きし、読み解き、整理、体系化したこと事を発信しています。発信テーマ別に目次を用意していますので、気になる記事がありましたら、ぜひご覧ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?