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地球時代の人間学を学ぶ人は「歩く海」

Special Interview人類学者 竹村眞一
Text by Hisako Iijima

数億年前の大陸移動の軌跡から地球温暖化の未来予測まで、生きた地球の様子を可視化した世界初のインタラクティブ地球儀「SPHERE(スフィア)」。人類学者の竹村眞一さんは、なぜこのSPHEREを開発したのか? 気候変動や自然災害、貧困、飢餓、海ごみ問題などの難題解決の鍵となる地球目線の必要性について、お話を伺いました。

地球の現状と課題を捉えたハイテク“Earthpedia”

竹村先生が開発したSPHEREには150以上のコンテンツが搭載されています。たとえば、台風が今どこで発生しているのか、進路予測は? 季節ごとに移動する渡り鳥やマグロの回遊ルートは? ライブカメラが捉えたリアルタイムのロンドンの様子は?など、様々な問いかけにビジュアライズされた情報で応える“生きた地球”です。

「人類はアフリカで誕生し、5〜6万年かけて地球に広がっていきましたが、移動が容易になった地球のスケールはぐっと小さくなりました。私たちは地球を丸ごと自分の人生に内部化できる自由を得た、人類史上初の世代です。チベットやインド、アマゾンにもフィールドワークやバックパッカーとしての一人旅で十数回、行ける所はどこでも踏破し、様々な国が直面する森林破壊や異常気象、温暖化などの環境問題を目の当たりにしました。北極の氷が溶け、シベリアの森が焼け落ち、アジアでは人口爆発が起きている。それも、もの凄いスピードで。にもかかわらず、私たちは今でも16世紀に作られた二次元の動かないメルカトル地図で世界を見て、与えられたニュースやエンターテインメントの映像だけで、地球のすべてを知ったつもりでいます。その本当の姿を、地球の変化を、リアルにとらえる情報環境がないのは何故なのだろう?と疑問が湧きました。そうして生まれたのがこの“地球百科”、SPHEREなのです」

海洋教育が地球の未来を変えていく。

危機の時代を生き抜くには、自然のメカニズムを正しく理解し、共生してゆく知恵を養うことが大切だと竹村先生は指摘します。では、そもそも地球は何なのか? 共生とはどういうことか? SPHEREはそれを紐解く鍵を教えてくれます。

「体液の成分が生物が上陸する以前の4億年前の海水とよく似た私たちは言わば、“歩く海”。海を体内にパッケージして生きている。人類は海から始まったのに、現代人はその海を遠ざけてしまいました。生息域を内陸へと広げ、水辺を埋め立て、海を蘇らせる台風や津波なども災いをもたらす恐怖の対象としか見れなくなった。私たちは海に背を向けたのです。でも、生物は海がなければ生きられません。たとえば、表面に水のない月は、太陽に当たって昼になる表面の温度が100度になります。夜になる反対側は−160度になる。ところが、地球ではこの苛烈な温度差を表面の7割を覆う膨大な海の水が緩衝するので、気候が安定し、生命が維持されている。海の役割は実に偉大です」

SPHEREは地球の過去、現在、未来を時間軸で見ることができます。また、同時に2つのデータ情報を重ねて表示する機能を使うと、ある一つの事象が別の要因と複雑に絡み合って地球が成り立っていることが見えてきます。

「台風が海を蘇らせるとはどういうことか?台風の動きを海水温の変化と重ねて表示すると、海を冷やしながら進んでいることがわかります。その巨大なエネルギーで海をかき混ぜ、ミネラル豊富な冷たい海洋深層水を浮き上がらせることで、太陽の熱を浴び続けてプールの温水のようになった海水温が下がります。台風が発生しなかったら、サンゴは水温が上がりすぎて白化してしまい、海面近くはプランクトンも乏しいので、魚類も激減するでしょう。台風は甚大な被害を及ぼしますが、撹乱によって海を蘇生する作用もある。ネガティブな事実の裏側にあるポジティブな一面をしっかりと認識する多視点、そして、人間は海と切り離せない関係にあるという一体感が重要。地球の体温と体調を、自分ごととして一人称で捉える共感覚こそ、SPHEREが目指す海洋教育なのです」

SPHEREのコンテンツから、左の画像は4つの海流に乗って北太平洋を大きく旋回しながら漂流している海ごみ。太平洋ゴミベルトといわれるこの状況は、右の画像から、貿易風と偏西風の影響も受けていることがわかります。

人類は進化の途上。地球は巨大なデータベース。

今、私たちに何ができるかを知ることがまず、原点。人類にはまだ伸びしろがある。その伸びしろを社会全体が共有し、子供たちに進むべき方向を示せれば、20年後にはより良い世界が作られる……竹村先生は、未来に希望を抱いています。

「2005年から2010年の5年間で、中国ではそれまでほとんどなかった風力発電が、原発エネルギーの発電量を上回りました。昨今の脱炭素・EVシフトも含め、人類は短期間で自分たちの在り方をリセットできる事が証明されたのです。だから、本気でやれば、海ごみ問題も解決できます。そもそも、地球上にごみは存在しません。ある生物の排泄物は、他の生物の食べ物になりますし、森の落ち葉から死骸まで、微生物が分解して栄養に替えて循環している。私たちも酵母が糖分を食べた排泄物(アルコール)を歓んで飲んでいる。この世界は生産も消費もない、変換しかない。だから、循環できないごみが出るのは、私たちのバッド・デザインが原因。私たち人間が未熟なだけなのです」

全ての物は資源であり、リサイクルできるという観点を持てば、バッド・デザインは改良され、ごみは激減する。膨大な無駄に埋もれている事実を掘り起こし、意識を変えていくことこそ、次の世代に未来を託す私たちの急務です。

「当たり前に知らなくてはいけないことが知られていないから、人は悲観的になる。知れば、やろうと思うはずです。とはいえ、地球環境を侵してきたのは上の世代だ、若者の責任じゃないと考える人も多いでしょう。確かに一理ありますが、温暖化を加速させている産業革命以降の累積CO2の約半分は、実はこの30年間に排出されたものです。つまり、電気やガスを使いながら今を生きているすべての人が、自分のこととして、事を正しく理解しなければいけない。必要なのは、世代を超えたコモン・センス。常識ではなく、共通感覚という意味でのコモンセンスを持って次に進むべきです。地球の変化をリアルタイムでウォッチしながら、科学的知見や統計に基づき、日々アップデートされるSPHEREのように、人は知ることで進化する。グローバル・センサーなのです。私たちは今、地球をアップデートする立場にいるのです」

「人間は未熟で、幼稚で、時に暴力的だけれども、これほどの知的可能性を持った大型動物がこの地球に80億もいる。一つの惑星にとっては、新しい段階といえます。人類はシミュレーションという科学の扉によって、地球という惑星の未来を変えられるのです」

文化人類学者 竹村眞一

取材協力:NPO法人 Earth Literacy Program

Profile
専門の人類学と地球環境論の立場から「触れる地球」や「100万人のキャンドルナイト」、「Water展」などを企画・制作。各地で「触れる地球ミュージアム」を主宰。東日本大震災後、政府の「復興構想会議」専門委員、国連アドバイザーも務める。著書に「地球の目線」、「宇宙樹」など。

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