黙秘

 昼下がりの捜査本部。楠谷と鴻ノ池が睨み付けていたホワイトボードには、犯人の顔写真があった。
 
 捜査本部が担当していた事件とは、若い女性ばかりを狙った連続殺人事件だった。事件は六件発生しており、一件目は昼間の誰も居ない公園。二件目は真夜中の道路。三件目は誰も居ない路地。六件とも共通しているのは、人気の無い場所で事件が発生していることと、被害者の口腔内に金魚の印と思しきものがついていたことだった。幸いにも、どの事件現場には犯人の姿、顔が映っており、順調に犯人を逮捕できることが出来た。犯人の名前は永井淳で、職業は無職だったとのこと。捜査本部は、後は取調で自白してくれれば、起訴に持ち込めやすいと思った矢先、永井は黙秘をしたーー。
 
 「変わろうか?」
 楠谷がそう言うと、先に取調を行っていた刑事たちが永井に一瞥をした後にその場を去った。
 「警視庁の楠谷です」
 楠谷は椅子に座りながら言う。
 鴻ノ池はパソコンの前に座り、キーボードに手を置く。
 「永井さん。なぜあなたは六人もの女性を殺したのですか?」
 男は黙った。
 「現場からあなたと思われる姿が確認されております。既にあなたの家から、証拠品となる包丁や血のついた服が見つかっています。黙秘はせず、正直にお答えしてくれれば罪は軽くなりますよ」
 楠谷がそう言っても、男は黙り続けた。
 「・・・・・・永井さん。黙っていちゃ、こっちとしては困るんですよ」
 「・・・・・・何が?」
 永井が初めて口を開く。
 「はい?」
 「・・・・・・だから、何が?」
 「警察として、これらの事件の真相を明らかにする責任があるんですよ」
 「・・・・・・だったら、俺は知らん」
 「は?」
 「・・・・・・だって、俺は何もやっていない」
 「お前ふざけたこと言うな!」
 楠谷が怒鳴る。
 「・・・・・・面白いな」
 「何がだよ」
 楠谷は腹から湧き出る怒りを抑え、永井を刺激しないよう言葉を選ぶ。
 「・・・・・・だって、天下の警視庁から俺は尋問されているんだぜ?しかも、怒鳴られている。これは良い経験になりそうだ」
 男が嫌みっぽく口角を上げる。
 楠谷は落ち着かせるために、一息入れて鴻ノ池に顔を向ける。
 「鴻ノ池、例のものを」
 「分かりました」
 鴻ノ池は引き出しから何かを取り出す。それを受け取ると、楠谷は永井に見せる。
 「これは、何だか分かるな?」
 問いかけに、男は黙った。
 「これはお前に使われていたボールだ。これが何を示すか、分かるな?」
 「・・・・・・親は関係ない」
 永井が何か呟いたが、楠谷は無視して話し続けることにした。
 「このボールは昔製造されていたもので、現在は製造されていない。お前の母から訊いたよ。このボールをお前の口の中に入れて虐待していたって。そのことを元にボールを調べてみた。すると、お前の唾液が検出された。そしてここからが驚きの話だ」
 楠谷は口角を上げる。
 「お前が殺した女性たちの口腔内から見つかった金魚の痕、このボールと一致したよ。その後のことはお前も考えれば、分かるはずだ」
 楠谷が言い終えると、永井が含み笑いをする。
 「・・・・・・それで?俺を刑務所に入れることが出来るんですか?」
 「ああ、そうだ」
 楠谷が自信げに答えると、永井が突然笑い始める。
 「・・・・・・あぁ、残念。そのボールも捨てちまえばよかったかな」
 「ということは、罪を認めるのか」
 楠谷が間髪入れずに言うと、男は笑みを殺して黙る。
 完敗したかのように。

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