夫婦と娘

 あるマンションの一室。鑑識による作業が行われていた。そこに、二人の刑事がいた。
 
 通報者によれば、二人の男女が倒れていたという。被害者二人は夫婦とみられ、妻は床で絞殺、夫はロッキングチェアで銃殺されていたという。その際使われたと思われる散弾銃が、庭に放置されていたという。
 
 「何この、『妖怪』って」
 鴻ノ池が手袋をした手で、白い壁に筆で描かれた文字を触る。
 「妖怪・・・・・・ねぇ」
 楠谷が腕を組んで周囲を見渡す。
 現場となっている一室は、一般的な夫婦が住むような普通の部屋であり特に何も無かった。しかし、楠谷はある物に目がとまる。
 「これは何だ?」
 楠谷が壁に掛かっている物を指差す。
 「あ~。被害者の夫、狩猟免許を所持されているみたいで、時々週末に行っているみたいですね」
 「なるほど」
 楠谷が窓の方へ目線を向ける。今は施錠がされていないが、発見した時は施錠されていたとのことだった。そのことを楠谷は思い出しつつ、雨が降る景色に目に移す。
 「密室殺人か~・・・・・・時間が掛かりそう~」
 鴻ノ池が伸びをしながら言う。
 「ところでさ、周囲の聞き込みって終わっているの?」
 「ああ、それなら済んでいるみたいです。確か、ええと」
 鴻ノ池が手帳を捲る。
 「あった。近所の人の証言によれば、事件発生と思われる時刻に女性の悲鳴が聞こえたらしいです。そしてその後に、発砲音が聞こえたとのことでした。近所の人によれば、被害者の夫は傲慢で自信過剰、喧嘩早いと聞いています」
 「防犯カメラは確認済み?」
 楠谷がそう言うと、鴻ノ池が首を横に振る。
 楠谷は部屋を出て管理人室へ向かう。その後を鴻ノ池が追う。
 
 二人は管理人に頼んで貰い、現場の防犯カメラを見せて貰う。その映像からは、被害者の夫妻以外、事件が発生したと思われる時刻には誰も映っていなかった。その後、通報されるまでの前後を確認すると、一人の女性が現場に入っていった。二人はその女性が発見者であろうと思っていると、楠谷は一つ息を吸うと、ポケットに手を入れる。
 「自殺だな」
 「え?」
 鴻ノ池が楠谷に目を向ける。
 「どういうことですか?自殺って」
 「とりあえず、現場に戻るぞ」
 楠谷にそう言われ、鴻ノ池は楠谷の後を追う。
 
 「まず、この現場は偽装工作がされた後だ」
 「偽装工作?」
 楠谷が頷く。
 「ああ。偽装工作をしたのは恐らく発見者だ。発見者が見た現場というのは、恐らく夫の近く、つまりロッキングチェアに散弾銃が置いてあったのだろう。発見者は妻の遺体を見た後にすぐに理解が及んだ。夫が妻を殺して、その後夫が散弾銃で自殺したのだと」
 「なるほど。そうすると、発見者は夫の血を使って妻の遺体に血痕をつけ、庭に散弾銃を捨て、更に現場を荒らした。その後で警察に通報したと」
 鴻ノ池がそこまで言うと、楠谷が頷く。
 「でも、何で偽装工作をしたんでしょうね」
 鴻ノ池が顎に手を添える。
 「発見者は被害者夫婦の娘さんなのか?」
 「ええ」
 「その娘さんは今どちらにいる?」
 「確か、管理人室の隣の部屋で待機されているかと」
 鴻ノ池がそう言うと、楠谷が現場を出て行く。
 
 「あなたが被害者を発見したのですか?」
 楠谷がパイプ椅子に座って、発見者と顔を合わせる。顔は美形だが、頬骨が少し浮き出ている。
 「あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
 楠谷の隣に座る鴻ノ池が言う。
 「小見加奈子です」
 加奈子は弱そうな声を出す。
 「加奈子さん、発見した時の状況を正直にお答えして貰えますか?」
 楠谷が『正直に』というワードを強調しながら言う。加奈子は少し驚くが、口をゆっくりと開く。
 「通報した時と同じように、部屋が荒らされていてお父さんとお母さんが殺されていました。窓は施錠されていて、庭には散弾銃が・・・・・・」
 加奈子は涙を拭う。
 「すいません」
 加奈子は頭を下げる。
 「どうしたんですか?」
 鴻ノ池が言う。
 「あの時の通報内容は嘘だったんです。本当は、お父さんのそばに散弾銃が落ちていて、部屋の奥で首を絞められたお母さんがいました。そのお母さんの姿を見た後、私はすぐに思いました。お父さんが殺したのだと」
 そこまで言うと、加奈子は涙で赤くなった目で二人を見る。
 「現場を荒らしたことって罪に問われますか?」
 少し時間をおいたあと、加奈子が声を震わせて言う。
 「特に意図が無ければ罪には問われないと思います。ただ、我々警察の捜査方針を妨害するなら、業務妨害罪が適用されますが」
 加奈子が「そうですか・・・・・・」と肩をすくめる。
 楠谷が立ち上がると、加奈子のそばに寄って跪く。
 「大丈夫です。あなたが正直に話して貰えれば、逮捕されません」
 そこまで言うと、加奈子はかすれた泣き声を出す。
 
 事件捜査が終わり、二人は警視庁のロビー前に立っていた。
 小見加奈子は正直に現場のことを話し、事件は夫が妻を絞殺し、その後散弾銃の引き金を引いて夫が自殺した、ということで事件が幕引きを終えた。
 夫は日頃から妻に対しDVを働いていたという。そのことに小見加奈子は夫のDVを止めようとしたが、返り討ちに遭い止められなくなった。警察にも相談されているそうだが、夫に追い返され妻をDVから守れなかったそうだ。
 かくして、こうして事件が終わり、二人は取り調べを終えた加奈子をロビー前まで送っていた。
 「ありがとうございました」
 加奈子が頭を下げる。
 「いえいえ、とんでもない」
 鴻ノ池が顔の前でパタパタと手を振る。
 二人は加奈子の姿を見送った後、ロビーに戻る。
 「守れなかった・・・・・・」
 鴻ノ池が落胆して言う。
 「ところで、楠谷さんって何で刑事になったんですか?」
 「どうした、いきなり」
 「いや~、何となく」
 「俺が刑事になったきっかけか~」
 楠谷はある事件を脳裏に浮かべる。
 その事件とは、楠谷の家族が殺された事件だった。未だに犯人は見つかっておらず、未解決のままだ。
 「犯人を見つけるため、かな」
 楠谷はポツリと呟く。
 「犯人?」
 「ああ、何でも無い。平凡な理由だよ。警察官に憧れた、ただそれだけだよ」
 「そうなんですね~」
 「そういうお前はどうなんだ?」
 楠谷が鴻ノ池に振る。
 「世の中の為に、役に立ちたい。そう大学生の頃に思って、刑事になりました」
 鴻ノ池が胸を張る。
 「おお、そうか。いつかはそうなれよ!」
 楠谷が鴻ノ池の背中を叩く。
 鴻ノ池は「はいっ!」と息込む。
 その二人の足音が、廊下に響く。

元ネタ:ガリレオ #7 偽装う(よそおう)(https://tver.jp/lp/episodes/ep5fnz38w5


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